Introduction of an artist(アーティスト紹介)
画家人物像
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ジャン・シメオン・シャルダン Jean-Baptiste-Simeon Chardin
1699-1779 | フランス | ロココ美術・静物画・風俗画




18世紀ロココ様式時代のフランス絵画を代表する巨匠。理知的で堅牢な優れた造形性と、詩情に溢れた静謐な場面描写、繊細でありながら精神性を感じさせる重厚な色彩、柔らかく包み込むような光の表現などで当時、絶大な人気を博す。主に静物画、風俗画家として活躍し、確固たる地位を確立するが、肖像画や寓意画なども残されている。1699年、家具職人(指物師)であった父ジャン・シャルダンと母ジャンヌ=フランソワーズ・ダヴィッドの間にパリで生を受け、18歳(1718年)の時から10年間、宮廷画家ピエール=ジャック・カール、次いでノエル=ニコラ・コワペルに師事するほか、おそらく聖ルカ組合学校でも絵画を学ぶ。1728年、初期の代表作『赤エイ(赤えいと猫と台所用具)』などを王立絵画・彫刻アカデミーの入会選考作品として提出、正式な会員として認められる。1731年、マルグリット・サンタールと結婚。1737年以降、毎回サロンへと出品し好評を博すほか、個々の注文も順調にこなしながら1740年代末頃まで風俗画も精力的に制作。1755年、王立絵画・彫刻アカデミーの会計並びにサロン展示責任者としての任務に就く。その後、当時の国王ルイ15世やロシア女帝エカテリーナ2世など当時の権力者を始めとした貴族社会から絶大な信頼を得ながら数多くの作品を手がけるも、晩年期は著しく視力が衰え、油彩からパステルへと表現を変化させていった。1779年、パリで死去。画家の堅固な造形性は、後期印象派の大画家で「近代絵画の父」とも呼ばれるポール・セザンヌや、20世紀の最も優れた芸術家のひとりであるアンリ・マティスにも影響を与えたほか、キュビズム的表現の先駆ともなった。

Description of a work (作品の解説)
Work figure (作品図)
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ビリヤードの勝負

 (La partie de billard) 1721-25年頃
55×82.5cm | 油彩・画布 | カルナヴァレ美術館(パリ)

18世紀フランス絵画の巨匠ジャン・シメオン・シャルダン最初期の作品『ビリヤードの勝負』。シャルダン20歳頃に手がけられたと推測される、現存する画家の作品中、最初期の作品として位置付けられる本作は、18世紀パリの若者の間では最も一般的な遊戯のひとつであった≪ビリヤード≫を画題に制作された作品である。既存の作品には類のない(シャルダンらしさを感じさせない)画題から、かつて本作は他の画家の作品に帰属されていたものの、画家の父親がビリヤード台を手がける家具職人(指物師)であった点など、その後の多岐にわたる考証の結果、画家の真作として認知されることとなった本作では、画面中央下部にビリヤード台が置かれ、その周囲に大勢の男性たちが配されている。画面左側に描かれる白い服の男は、今まさに玉を突かんとキュー(玉突き棒)を手に台へ前屈みの姿勢を構えており、対面上に描かれる(おそらくは対戦者であろう)赤い衣服の男性は従者にワインを注がせながら動向を見守っている。ビリヤード台の真上となる画面のほぼ中央には夜間でも遊戯をおこなうための反射鏡(※中に蝋燭を灯し、その灯火を反射させるランプの一種)が複数描かれており、当時の風俗性を存分に感じさせる。また描かれる男性たちの身に着ける衣服も当時の流行に準じており、これも本作の制作年の考証には重要視された。

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赤エイ(赤えいと猫と台所用具)

 (Raie) 1727-1728年頃
114.5×146cm | 油彩・画布 | ルーヴル美術館(パリ)

18世紀ロココ様式時代のフランス絵画の巨匠ジャン・シメオン・シャルダン初期の代表作『赤エイ(赤えいと猫と台所用具)』。制作期と考えられている1728年に、セーヌ川近くのドーフィーヌ広場で開催された青年絵画展に出品されたほか、同年、『食卓(食器棚)』と共に王立絵画・彫刻アカデミーの入会選考作品として提出、同日異例の早さで正式な会員として認められた作品としても名高い本作は赤エイや牡蠣、細長い葱、食器などが置かれる台所と、そこで一匹の猫が毛を逆立て踏ん張る姿を描いた≪静物画≫である。当時、肖像画家として絶大な人気を博していた画家ニコラ・ド・ラルジリエールがこの作品を初見した時、優れたフランドルの画家の手による作品であると見間違え、賞賛したという逸話(17世紀にフランドルの画家が制作した静物画は特に優れていた)も残されている本作の、観る者を圧倒するかのような赤エイを始めとした静物の写実的描写、牡蠣や食器の硬質性と白布の柔軟性の対比的表現、画面全体に漂う静謐な雰囲気の中で際立つ毛を逆立てる猫の激情性、堅牢でありながらも絶妙に静動性の調和が計算された赤エイを頂点とする構図や画面構成などは、28歳という画家の若さからは筆舌し難いほど優れており、老練な出来栄えである。また一見地味な印象すら受ける全体の抑制的な色彩描写の中での、赤エイの歯を見せ笑うかのような口元や切り裂かれた腹から見える血の鮮明な赤色と、赤エイの光の当たる部分でのぬめりを感じさせる白色の描写は観る者を強く惹きつける。本作に表現される静物画における躍動性や力動性は静物画家としての画家の評価と地位を決定付けた。なお「近代絵画の父」とも呼ばれるポール・セザンヌや20世紀を代表する芸術家アンリ・マティスが本作の模写をおこなったことが知られている。

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食卓(食器棚)

 (Buffet) 1728年
194×129cm | 油彩・画布 | ルーヴル美術館(パリ)

18世紀に活躍した当時のフランスを代表する巨匠ジャン・シメオン・シャルダン初期の重要な静物画のひとつ『食卓(食器棚)』。同じ頃に手がけられた画家随一の傑作『赤エイ(赤えいと猫と台所用具)』と共に、王立絵画・彫刻アカデミーの入会選考作品として提出された本作は、食器棚(配膳棚)のような弓状に湾曲した食卓の情景を描いた静物画である。同時代の静物画家デポルトの影響も指摘される本作の食卓の上には銀製の飾り皿に盛られる桃、杏、洋梨などの果物や、岩牡蠣、皮が剥かれた檸檬、水差し、そして葡萄酒やワイングラスなどが雑然と置かれており、背後の壁には鸚鵡のような鳥が一羽、果物を狙うかのように留まっている。さらに画面下部にはその鳥と向かい合うかのように一匹の犬が鳥を見上げている。同時期に制作された『赤エイ』にもその影響が示される17世紀のオランダ絵画黄金期に流行し数多く制作された典型的な食卓画の独特なヴァニタス的(虚栄的)雰囲気を本作から見出すことはできず、むしろ雑然性など生活の延長としての日常性や風俗性を感じさせる。また劇的な描写を用いない静物の簡素な表現も本作の大きな特徴である。この日常性や簡素化(単純化)こそシャルダンが本作で示した静物画の新たな方向性であり、この独自の静物様式はその後、画家が生涯をかけて掘り下げてゆくことになった。

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野兎、獲物袋、火薬入れ(死んだ野兎と狩猟用引き具)


(Wild Rabbit with Game Bag and Powder Flask) 1729年頃
81×65cm | 油彩・画布 | ルーヴル美術館(パリ)

18世紀フランス絵画の巨匠ジャン・シメオン・シャルダン初期を代表する静物画のひとつ『野兎、獲物袋、火薬入れ(死んだ野兎と狩猟用引き具)』。おそらくはシャルダンが傑作『赤エイ(赤えいと猫と台所用具)』を王立絵画・彫刻アカデミーへ提出し正式な会員となって間もない頃(1729年頃)に制作されたと推測されている本作は狩猟での獲物となる野兎と、狩猟の際に使用した獲物袋(獲物入れ)、鉄砲へ用いる火薬入れを描いた静物画である。シャルダンは本作を始め『二匹の野兎、獲物袋、火薬入れ』、『野兎、獲物袋、火薬入れ、鷓鴣』、『野兎、獲物袋、火薬入れ、鶫と雲雀』など貴族の娯楽としての画題≪野兎と狩猟道具≫を、そして食用としての画題≪野兎と台所用具≫の静物画を数多く制作しており、この頃の画家にとって最も取り組んだ画題としても知られている(これは狩猟姿の男性の肖像画制作の為の一因とも考えられているほか、17世紀オランダ絵画の風俗的影響も指摘されている)。画面のほぼ中央へ配される狩猟によって仕留められた野兎は石壁へ脚先から吊るされ、その姿態や筋肉は弛緩し生の躍動を感じることができない。野兎の傍ら(画面左部分)には狩猟の際に用いたのであろう、使い込まれた獲物袋と火薬入れがやや無造作的に置かれており、観る者へこれらが使用されて間もないことを暗示している。本作の最も優れている点は画題(主題)となる野兎を静物として極めて自然的かつ日常的に捉え描いている点にある。通常、静物画として狩猟の獲物を配する際には、(見栄えを考慮する以上、絵画としては当然であるが)ある種のわざとらしさが感じられるものの、シャルダンは本作の制作においても、あたかも道具置き場に獲った獲物を無造作に吊るしたかの如く配置しており、その飾らない実直な対象表現であるからこそ、今も我々観る者の心を捉え続けるのである。なお本作は1852年よりルーヴル美術館の所蔵となり印象派の先駆的存在エドゥアール・マネを始めとした19世紀の画家たちに多大な影響を与えたことが知られている。

関連:1724-28年頃制作 『二匹の野兎、獲物袋、火薬入れ』
関連:1727-28年頃制作 『野兎、獲物袋、火薬入れ、鷓鴣』
関連:1730年頃制作 『野兎、獲物袋、火薬入れ、鶫と雲雀』

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銅製の給水器

 (La fontaine de cuiver) 1733年
28.5×23cm | 油彩・板 | ルーヴル美術館(パリ)

18世紀フランスの重要な画家ジャン・シメオン・シャルダンの代表的作品『銅製の給水器』。本作は画家の最初の妻マルグリット・サンタールの没後に作成された財産目録に記されているシャルダン一家が所有していた25ルーブルという当時としては非常に高額な評価を受けている≪赤銅製の給水器≫を描いた作品で、この給水器は『買い物帰りの女中』など画家の他の作品にも度々登場しているほどシャルダンにとって愛着のある画題でもあった。画面中央にどっしりと配される赤銅製の蓋のついた給水器は正面よりほんの少し左側に蛇口が付けられており、給水器を支えている木製の脚は重量に耐えられるよう太く頑丈そうである。さらに給水器の前には簡素な洗い桶や柄杓、黒色の水壷などが配されており、それらからは装飾性の全く無い日常的な生活感に溢れている。一見すると全く見所がない作品のようにも思えるが、本作から滲み出るシャルダンの対象に対する実直で真摯な眼差しや、絵画的な飾り気を一切除外した現代的とも言える造形の単純性、非常に日常へ密着した風俗的展開などは画家の全ての作品の中でも特に優れた出来栄えを示している。また本作に用いられる褐色的な色彩と背後の黄灰色的な壁の表現も注目すべき点である。特に給水器の蛇口付近の金属的な光沢と、柄杓の鈍い輝き、そして黒壷の艶やかな光の反射の微妙な差異と、(背後の壁を含む)硬質的な各物質の質感の見事な描き分けは観る者へ強い印象を残すことに成功している。

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シャボン玉遊び(シャボン玉吹き)


(Bulles de savon) 1730-1735年頃
93×74.5cm | 油彩・画布 | ワシントン・ナショナル・ギャラリー

ロココ美術の画家ジャン・シメオン・シャルダンによる風俗画作品の中でも最初期に制作されたとされる代表作『シャボン玉遊び(シャボン玉吹き)』。本作以外にも複数のヴァリアントが確認されており、諸説唱えられているものの、一般的には1739年のサロンに出品され、好評を呼び、同時代の版画家ピエール・フィリュールによって版画化された画家の作品とされている本作に描かれるのは、16〜17世紀オランダ(ネーデルランド)絵画でも数多く制作された風俗的画題のひとつ≪シャボン玉遊び(シャボン玉吹き)≫である。ボルティモア美術館が所蔵する『お手玉遊び』の対画とも指摘されている本作に描かれる≪シャボン玉≫は、儚さや虚しさの象徴でもあることから、本作はヴァニタス画(虚栄画)としての性格も強い。画面中央では若い男が慎重に息を吹き込みシャボン玉を膨らませている。その傍らではシャボン玉が大きく膨らんでゆく姿をひとりの少年が見つめている。ごく日常的で素朴(あたりまえ)な光景の中に、張り詰める緊張感は、シャボン玉を膨らませる若い男と後景の少年が集中させるストローの尖端への視線によって、より強調されている。さらに非常に調和的でさり気ない本作の色彩の多様性は、観る者を郷愁を誘うだけでなく、作品の世界へと惹き込むひとつの大きな要因ともなっている。なお画家による風俗的画題の最初期の作品とされる本作の制作年について、かつては1731年から1733年に制作されたとするのが通説であったものの、近年、それよりもう少し後となる1733年から1735年頃とする説が新たに唱えられており、現在も議論や研究が続いている。

関連:ボルティモア美術館所蔵 『お手玉遊び』

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手紙に封をする女(手紙に封をする婦人)


(Femme occupée à cacheter une lettre) 1733年
146×147cm | 油彩・画布 | シャルロッテンブルク城

18世紀フランス絵画の巨匠ジャン・シメオン・シャルダンが手がけた最初の風俗画作品と推測される代表作『手紙に封をする女(手紙に封をする婦人)』。1734年にドーフィヌ広場で開催された青年美術家展や、1738年のサロンへの出品作である本作に描かれる画題は、ヨハネス・フェルメールやピーテル・デ・ホーホ、テル・ボルフなど17世紀オランダ絵画黄金期に流行した代表的な画題のひとつである≪手紙(恋文)≫である。画面中央にはおそらく夫を持つ身であろう若い婦人が、蝋燭から付け木に炎を移している召使の男を急かすかのように(恋人に宛てたのだろう)一通の手紙と封用の赤い蝋燭を差し向けている。さらに若い婦人の膝近くには(恋人への)忠実を意味する一匹の犬がじゃれつくように配されている。本作のシャルダンの作品にしてはやや珍しい豪華な室内の描写や若い婦人の恋に胸躍らせる姿と召使の冷静な態度の見事な感情の対比も特に注目すべき点であるが、本作で最も特筆すべき点は当時の批評家たちからも称賛を受けた非常に高度な写実的表現と対象を効果的に浮かび上がらせている光源処理にある。特に画面中央の若い婦人の輝くような白い肌と紅潮する頬の美しい描写や髪の毛の繊細な表現、質の高さを感じさせる品の良い衣服の質感表現、羽根ペンなどが乗せられる赤いテーブルクロスの細密な描写などはこの頃、すでにシャルダンの画力が傑出していたことを良く表している。またやや低い視点からアプローチされる本作の婦人と召使で形作られる三角形の安定的な構図展開や空間構成、多様な色味を感じさせる豊かな色彩表現なども、我々の眼を今も惹きつける大きな要因のひとつとなっている。

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画家ジョゼフ・アヴェドの肖像


(Portrait du Peintre Joseph Aved) 1734年
138×105cm | 油彩・画布 | ルーヴル美術館(パリ)

18世紀ロココ様式時代のフランス絵画の巨匠ジャン・シメオン・シャルダン代表的な肖像画作品のひとつ『画家ジョゼフ・アヴェドの肖像』。1737年のサロン出品時には『研究室で読書する科学者』、1745年のサロンへ再出品時には『読書の耽る哲学者』と呼称されていた本作は、画家の有力な庇護者(パトロン)のひとりであったコンラッド・アレクサンドル・ロータンブール伯爵の依頼で制作した≪画家ジョゼフ・アヴェド≫の肖像画である。本作に描かれるジョゼフ・アヴェドは風俗画を描くことをシャルダンに勧めた良き画家仲間のひとりであり、シャルダンが最初の妻マルグリット・サンタールと死別した後、フランソワーズ・マルグリット・プージェと再婚した際の証人(立会人)ともなった人物で、シャルダンと非常に親しい間柄であった。本作が完成して間もなく依頼主であるロータンブール伯爵が死去した為に画家の手元に残された本作は、思想的なジョゼフ・アヴェドの人物表現や内向的描写、哲学者を思わせる独特の衣服などの共通点から、しばしば批評家達に17世紀オランダ絵画黄金期の巨匠レンブラント・ファン・レインの肖像画と比較されており(ジョゼフ・アヴェドは若い頃にアムステルダムで絵画を学んでおり、同地の作風に影響を受けていた)、本作中に描かれる砂時計や羽根ペン、多くの書物、画面上部の研究道具などは、成功しない無益な学問探求の虚しさや生の儚さなどを象徴しているとされている。しかしながら本作にはシャルダンが抱いていた友人ジョゼフ・アヴェドへの尊敬と賛辞が明確に示されているほか、柔らかい明暗対比や衣服の赤色(暖色)と円卓の青緑色、画面右側のカーテンの紺色など寒色との色彩的対比、肖像画としての神秘性など表現手法においても批評家たちから称賛を受けている。

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素描する若い学生(素描する画学生)


(Un jeune écolier qui dessine) 1735-1738年頃
19.5×17.5cm | 油彩・板 | ストックホルム国立美術館

18世紀のフランス絵画の巨匠ジャン・シメオン・シャルダンが手がけた小品『素描する若い学生(素描する画学生)』。かつては『芸術の基礎』とも呼称されていた本作は、おそらくアントワーヌ・ド・ラ・ロックの依頼により『刺繍する女(綴り織りをする女)』と共に制作された作品で、双方とも1738年にはサロンへ出品されている。本作に描かれる床に直座りした若い画家は背中に小さな破れ(そこから赤い衣服)がある粗末な外套に身を包みながら、一心に壁に貼られた裸体素描を模写している。一方、対画となる『刺繍する女(綴り織りをする女)』では若い婦人が椅子に腰掛けながら視線を落とし細かい作業に没頭している。本対作品で描かれているのは紛れも無く素朴的で庶民的な作業や労働の姿であり、それらの取り組みには16〜17世紀のフランドル絵画の影響を感じさせる。さらに本作で注目すべき点は本作『素描する若い学生』、対画『刺繍する女(綴り織りをする女)』の対照性にある。本作では若い画家が床に座りながら観る者へと背を向ける姿態で描かれているのに対して、『刺繍する女』の方では観る者へと姿態を向けながら椅子に座る姿が描かれている。これらには明らかにシャルダンの意図を感じることができ、両作品を左右に並べた時には見事なシンメトリーが形成される。また色彩表現においても、小品ながらカルトン(画板)の間に僅かに覗く澄んだ青色や観る者の眼を惹きつける若い画家の朱色の衣服など細かい箇所まで計算を重ねながら効果的に配色されており、全体として極めて高い完成度を示している。なお本作は当時から好評を博していたようで、1742年、1743年、1757年と3度も版画化された記録が残されている。

関連:対画 『刺繍する女(綴り織りをする女)』

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カードのお城(トランプの城)


(Château de cartes) 1736-37年頃(又は1741年頃)
60×72cm | 油彩・画布 | ロンドン・ナショナル・ギャラリー

フランスロココ美術の大画家ジャン・シメオン・シャルダンを代表する作品のひとつ『カードのお城(トランプの城)』。本作に描かれるのは、画家の親しい友人であったパリで家具商を営む(また画家の再婚の立会人でもある)ジャン=ジャック・ル・ノワール氏の息子をモデルに、机の上でカード(トランプ)を組み立てる遊びに興じる少年の姿である。その為、本作は『カードのお城を作って遊ぶル・ノワール氏の息子』とも呼ばれている。画家が生涯の中で複数回手がけた画題のひとつである本作に描かれる画題≪カードのお城(トランプの城)≫は、通常「虚栄の寓意(楽しく積み上げたカードはいずれ儚く崩れる)」と解釈され、このような風俗的道徳の主題は16〜17世紀のフランドル(ネーデルランド)絵画からの影響が指摘されているものの、その寓意の表現目的で本作が制作されたのではなく、おそらくはカードを積み上げ遊ぶ行為(またそうして遊ぶ子供の姿)そのものへの画家への興味が向いた為に(複数回)制作されたとも推測されている。本作の落ち着いた褐色的な色調は画家の(色彩描写的な)特徴が表れており、静謐感の漂う(本作の)雰囲気とよく馴染んでいる。当時の流行を加味した六角形のボタンが付けられる上着を上品に着こなし、頭髪を黒いリボンで結んだ上に三角帽子を被るこの少年(青年)の優美な姿は、画家の作品の中でも特に秀逸の出来栄えであり、今なお観る者を魅了する。また制作年代について一般的には1736-37年頃とされているが、ヴィルデンシュタインなど一部の研究者らは本作の制作年を(少し後となる)1741年頃と推定しており、更なる研究が期待されている。なお同主題を扱った他の作品ではワシントン・ナショナル・ギャラリーが所蔵する『カードのお城』が知られている。

関連:ワシントン・ナショナル・ギャラリー所蔵 『カードのお城』

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学校の先生(女教師)

 (Maîtresse d' école) 1730-40年頃
61.5×66.5cm | 油彩・画布 | ロンドン・ナショナル・ギャラリー

ロココ様式時代に活躍した画家ジャン・シメオン・シャルダンを代表する作品のひとつ『学校の先生(女教師)』。本作はあたかも少女を思わせるような姿をした女教師が指し針を用いて、幼い生徒にアルファベットの書かれた教書で何かを教える姿を描いた作品である。背景を排した簡素な画面構成にすることよって観る者の視線を自然と対象の人物(女教師と生徒)へと向けさせる工夫がなされており、このアプローチ(とその成功)が示される最初の作品として本作はシャルダンの画業における特に重要な位置に付けられている。また幼い生徒の視線は、画面の中で女教師によって指し示される教書のアルファベット文字の一点を注視しているが、女教師の方は、教書というよりも、生徒の方へと視線を向けているように思われる。表現手法においても、穏やかでありながら明確に人物を照らす光の描写や、全体的に落ち着いた色彩の中で映える女教師の帽子の赤いリボンや青地の衣服、ごく日常的な雰囲気の表現など特筆すべき点は多い。本作の制作年代については、ヴィルデンシュタインによる1731-32年とする説、ロザンベールによる1736年とする説、デニス・サットンによる1739-40年とする説など諸説唱えられており、現在も議論が続いている。なお本作は画家の二人の子供(ピエール・ジャン、マルグリット・アニェス)か、画家の友人ル・ノワールの家族らモデルに描いたとする説も唱えられているが、憶測の域を超えない為、現在、この説を重視する研究者は少ない。

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若い素描家(素描の練習)

 (Jeune dessinateur) 1737年
80×65cm | 油彩・画布 | ルーヴル美術館(パリ)

ロココ美術の大画家ジャン・シメオン・シャルダンの代表的な単身人物画のひとつ『若い素描家(素描の練習)』。1737年のサロン出品作である本作に描かれるのは、年若き素描家が机に向かい素描用の筆記具を削る姿である。画家が風俗画制作で大きな影響を受けたオランダなど北方絵画の伝統的な画題でもある本画題≪若い素描家≫を描いた作品は2点存在し、パリのサロンへと出品された本作が最初のヴァージョンで、その後に制作されたもう1点の『若い素描家(素描の練習)』は現在、ベルリン国立美術館に所蔵されている。シャルダンの単身人物画の大きな特徴である静謐な雰囲気の中で、左手で持つ筆記具の柄の部分に視線を落とし、右手のナイフで丁寧に柄を削る素描家の初々しく誠実な表情は画家の手がけた人物画の中でも品と格調の高さを感じさせる。またこの素描家の柔らかい心情や感情表現、そして落ち着いた振る舞いも本作の大きな見所である。(対称的ではあるが)構図や画面展開、そして表現様式的には本作と同じ頃に制作された(本作同様、画家の代表作である)ロンドン・ナショナル・ギャラリーに所蔵される『カードのお城(トランプの城)』に類似しているものの、柔和な光の描写や調和的な色彩表現は特に優れた出来栄えを示しており、本作の中で最も色調の強い素描帳の薄い青緑色や、素描帳から垂れ下がる太紐の赤色は色彩的アクセントとしての効果を絶妙に発揮している。

関連:ベルリン国立美術館所蔵 『若い素描家(素描の練習)』

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羽根を持つ少女(羽子を持つ少女、ラケットを持つ少女)


(Petite fille jouant au volant (Fillette au volant)) 1737年
81×65cm | 油彩・画布 | 個人所蔵

ロココ美術の大画家ジャン・シメオン・シャルダンの代表作『羽根を持つ少女』。羽子を持つ少女、ラケットを持つ少女とも呼ばれる本作は、羽根を左手に、ラケットを右手に持つ少女を描いた作品で、画家が幾度も手がけ、複数のヴァリアントが知られている『カードのお城』と対画で制作された(本作の対画はワシントン・ナショナル・ギャラリーが所蔵する『カードのお城』)。本作に描かれる少女のモデルは現在も不明であるが、硬直したかのような表情、微動だにしない少女の直立的な姿態には、あたかも単純化される造形の美しさを表現したかのように、画家の形状に対する明確な理念が表れている。特に円錐形の胴体と、円筒形の腕、球形の頭部と腰のスカートの明快な美的形状は本作で注目すべき点のひとつでもある。さらに少女のやや緊張している様子の愛くるしい表情や、背景に何も描かないことによる対象(少女)の集中的な描写や表現も大きな見所である。また本作に描かれる羽根とラケットは、それによっておこなわれる遊戯への≪移ろいゆく、つかの間の儚い快楽≫、遊戯には必要の無い腰に下げられる鋏と針刺は、先の≪儚い快楽≫に対する≪無用≫もしくは≪労働と義務≫と、本作には画家の寓意的な意図が込められているとの説も唱えられている。なお本作はかつてエカテリーナ二世が所有していたものの、現在ではフランスの個人が所有している。

関連:ワシントン・ナショナル・ギャラリー所蔵 『カードのお城』

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家庭教師

 (La Gouvernante) 1738年
46.7×37.5cm | 油彩・画布 | カナダ国立美術館(オタワ)

ロココ様式時代を代表するフランスの画家ジャン・シメオン・シャルダンによる風俗画の典型例的な作品のひとつ『家庭教師』。制作された翌年となる1739年のサロンに出品され、デフォンテーヌ師より多大な称賛を浴びた本作は、幼さの残る少年に対して訓告する家庭教師の情景を描いた作品で、本作によって画家は確固たる名声を得たとの記録も残されている。画面右側には仕立ての良さを感じさせる厚生地の帽子へブラシをかける(毛並みを整える)作業を中断し、厳しいが決して怒りではない表情を浮かべながら少年を諭すかのように訓告する家庭教師の姿が配されている。その反対側(画面左側)へは節目がちに視線を下へと向けた(どこか不満げにも見える)少年が行儀正しく直立する姿が配されており、二人の2人の日常的な関係性が明確になっている。少年の周囲にはカード(トランプ)や羽根、ラケットなど遊戯道具が散乱しており、家庭教師から訓告を受ける直前まで少年が、これらを使用しながら興じていたことを窺い知ることができる。本作で最も注目すべき点は家庭的な日常生活に対する克明な描写とその姿勢や、自然主義的な場面の捉え方にある。本作に描かれる2人の人物(家庭教師と少年)の仕草や表情は、日常をそのまま切り取ったかのように自然的であり、バロック絵画のような演劇性や感情の強調的表現は皆無である。このような日常の出来事を観る物がその経験を以って感じることのできる表現こそ、シャルダンが確固たる評価を得た最も大きな要因のひとつであり、それは今なお色褪せることなく我々にも強い感銘を与える。また場面全体を柔らかく包み込むような光の表現や細やかな気配りが施された調和的な色彩が、簡素な場面構成と相互作用し合い、本作の日常性を無理なく強調している点も特筆に値するものである。

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買い物帰りの女中

 (La pourvoyeuse) 1739年
47×38cm | 油彩・画布 | ルーヴル美術館(パリ)

18世紀ロココ様式隆盛期に活躍した巨匠ジャン・シメオン・シャルダンの最も代表的な風俗画作品のひとつ『買い物帰りの女中』。本作に描かれるのは、買い物から帰宅した女中(もしくは農婦、庶民の女)の姿である。本画題は本作以外にもベルリンのシャルロッテンブルク宮殿に所蔵される作品と、カナダ国立美術館(オタワ・ナショナル・ギャラリー)に所蔵される作品の二つのヴァリアントが制作されたことが知られており、この三点の中でおそらくは本作が原図であり、1739年のサロンに出品されたのがカナダ国立美術館所蔵の作品と推測されている。19世紀の画家アンリ・ファンタン=ラトゥールも本作の模写を残しているよう、当時から画家の代表作と看做されてきた本作の画面中央に描かれる女中の左脇には大量のパンを棚に置き、右手では夕食の材料と思われる骨の付いた鳥の足が入った袋を手にしている。その表情は、ほっと一息ついているかのような帰宅後の安堵を感じさせる。一方、画面左側部分には背景として奥の部屋で若い女中がさらに隣の室内へと入っていく姿と、銅製の給水器がひとつ描かれている。画面前景の買い物帰りの女中の居る室内のやや暗い光と奥の部屋の明瞭な光の明確な対比は17世紀フランドル(ネーデルランド)の風俗画の影響を感じさせるが、本作の庶民階級層の生活の野卑な雰囲気を全く感じさせず、むしろ温もりと優しさに溢れた静謐な場面描写や、独特の色彩描写による高度な詩情性の表現はシャルダンの風俗画における最も大きな特徴であり、現在でも観る者を魅了し続ける。

関連:シャルロッテンブルク宮殿 『買い物帰りの女中』
関連:カナダ国立美術館 『買い物帰りの女中』

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食前の祈り

 (Bénédicité) 1740年頃
49.5×39.5cm | 油彩・画布 | ルーヴル美術館(パリ)

18世紀ロココ様式時代のフランス絵画の巨匠ジャン・シメオン・シャルダン代表的な風俗画作品のひとつ『食前の祈り』。対の作品となる『働き者の母親』と共に1740年のサロンに出品され、同年ヴェルサイユ宮殿で当時のフランス国王ルイ15世に献上された本作は、17世紀フランドル絵画などで盛んに制作された民衆階級の健全な美徳を表す風俗的画題≪食前の祈り≫を描いた作品である。本作では食事の用意をする母親がその手を止め、朱色の帽子を被り小さな椅子に座る幼い娘に視線を向け、食前の祈りを捧げるよう食事前の態度を咎めている。そして二人の間(食卓の奥)では、おそらく幼い娘の姉であろう少女が母親同様、行儀良く振る舞いながら妹(幼い娘)の方を向き、彼女の祈りが終わるのを待っている。本作に描かれる何気ない日常風景の中に、当時のフランスの厳格な生活態度やその姿勢が示されている。また本作が描かれた1740年は凶作であったことが知られており、研究者からは、凶作の中でも食事を取れることや、生きることそのものに対する切実な感謝の念が込められているとの指摘もされている。画家が手がけた数多くの風俗的作品の中でも、とりわけ著名な作品である本作の柔和な光の加減や物静かで優しい空気感、落ち着いた清潔感を感じさせる色彩描写は特に秀逸の出来栄えであり、観る者を自然と絵画内の生活世界へと誘う。教訓的な画題を描きながらも、その中に絵画作品としての確固たる魅力が存分に表現されるシャルダンの風俗画作品は、現在、やや軽視傾向にあるロココ時代のフランス絵画の中でも、ヴァトーと並び一際高い評価を受けている。

関連:対画『働き者の母親』

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朝の身支度(朝の化粧)

 1740-41年頃
(La toilette du matin (dit aussi le Négligé))
49×39cm | 油彩・画布 | ストックホルム国立美術館

18世紀フランス絵画の偉大なる巨匠ジャン・シメオン・シャルダンの典型的な日常画作品のひとつ『朝の身支度(朝の化粧)』。駐仏スウェーデン大使テッシン伯爵の依頼により制作され、1741年のサロンへ出品された作品である本作は、我が子であろう幼い子供の身支度をおこなう母親の冬の朝における情景を描いた作品で、別名『ネグリジェ(部屋着)』とも呼ばれている。画面中央にほぼ二等辺三角形の構図で鏡の置かれた燭台の方を向く幼い子供と、子供の頭巾を整える母親が配されており、盛装ではないものの、程好く流行を取り入れた品の良い冬用の服装から、この母子がこれから(おそらくは教会へ)外出するのであろうことは容易に想像できる。画面左側に配される、見るからに質の高い銀の燭台や鏡は画面の中に華やかな雰囲気を与えているが、火が消え煙の立つ蝋燭には現在の富(銀の燭台)や美しさ(愛らしい子供の姿を映す鏡)に対する虚栄(ヴァニタス)も見出すことができる。さらに画面右側に置かれる象眼細工が施された7時数分前を指す時計には、身支度を急がねばならない母親の事情と、この幸福な日常(又は母親の愛情)の儚さという2通りの解釈をすることが可能である。本作の表現手法に注目しても、各構成要素を絶妙に配置することで画面全体を的確に引き締めながら、豊かな雰囲気や場面の描写も同時におこなうシャルダンの極めて高度で洗練された画面展開や構想、そして18世紀当時の貴族社会の日常の典型像を見事に描き出す観察的表現に、画家の日常画における真髄を感じることができる。

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鳥風琴(ラ・セリネット)

 (La serinette) 1751年頃
50×43.5cm | 油彩・画布 | ルーヴル美術館(パリ)

18世紀フランス風俗・静物絵画の大巨匠ジャン・シメオン・シャルダン1750年代初頭の代表作『鳥風琴(ラ・セリネット)』。シャルダンがフランス国王ルイ15世から依頼され制作された初めての作品であり、かつ1751年のサロンの出品作でもある本作は、おそらく画家の2番目の妻フランソワーズ・マルグリット・プージェをモデルに鳥風琴を用いて籠の中の鳥に鳴き声を教える婦人の情景を描いた作品である。鳥風琴(ラ・セリネット)とはクランクと絹糸取り付けられた木箱(鉤の手が回転軸を廻して中の絹糸を鳴らす装置)で、鳴らされる音が鳥の鳴き声に類似している為、飼い鳥に鳴き方を教える道具としてしばしば使用されていた。本作でも画面中央に描かれる美しく透けた軽やかな白い外衣を羽織った婦人(フランソワーズ・マルグリット・プージェ)が、鳥風琴の鉤の手を廻しながら鳥篭の中の小鳥へと視線を向けている。音が鳴っている場面であるにも関わらず画面には静謐感とある種の緊張感が漂っており、観る者を不思議と惹きつける。また柔らかい光の表現や品の良い風俗的展開、繊細に描き込まれた対象の描写や色彩表現などは秀逸の出来栄えであり、シャルダンが17世紀オランダ絵画黄金期の作品を参考にしていたことをうかがい知ることができる。またそれと同時に後の19世紀初頭のフランス・ロマン派的な展開を予感させていることも特に注目すべき点である。なお本作には2点のヴァリアント(個人所蔵・フリック・コレクション)が存在していることが知られている。

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白い花瓶の花(カーネーションと月下香とスイートピーが活けられた花瓶)

 (Bouquet D'Œillets) 1760-1763年頃
44×36cm | 油彩・画布 | スコットランド国立美術館

巨匠ジャン・シメオン・シャルダン1760年代を代表する静物画作品のひとつ『白い花瓶の花(カーネーションと月下香とスイートピーが活けられた花瓶)』。エディンバラのスコットランド国立美術館に所蔵される本作は、東洋風の花瓶に活けられた麝香撫子(カーネーション)、月下香(チューベローズ)、麝香連理草(スイートピー)を描いた、現存する画家唯一となる花を主題とした作品である。画面の中央に配される艶やかな質感が非常に美しい絵付けされた東洋風の白磁の花瓶へ、白のカーネーションや花弁を広げる月下香、色鮮やかなスイートピーが品良く収まるように活けられており、花瓶が置かれる机上には赤いカーネーション一輪と幾つかの花びらが無造作的に置かれている。そして描かれる主題(花束は花瓶)の存在感を引き立てる何も描かれない無地の背景は他のシャルダンの静物画と共通する。本作には対象の形状や質感を克明に捉える静物画の典型的な写実性は示されず、あたかも習作で用いるような大ぶりで即興的な筆触で花束や花瓶を描いているが、それが寧ろ本作へ生き生きとした生命力を与えているほか、当てられる光彩の絶妙な加減や角度、簡素ながら清潔で非装飾的な色彩、画面全体から醸し出される詩情性なども特に注目すべき点である。このような無地の背景や瞬間的な形態表現など後の印象主義を予感させる花の展開は、後世の画家に多大な影響を与えており、特に静物画や肖像画で名を馳せた19世紀フランスを代表するサロン画家アンリ・ファンタン=ラトゥールにその影響が色濃く残されている。

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野苺の籠(木いちごのかご、野イチゴの籠)


(Panier de fraises des bois) 1761年
38×46cm | 油彩・画布 | 個人所蔵

18世紀フランスを代表する風俗画・静物画の巨匠ジャン・シメオン・シャルダンが1761年に手がけた傑作的静物画作品のひとつ『野苺の籠(木いちごのかご、野イチゴの籠)』。本作は平たい籠の中へ山積みにされた野苺(キイチゴ)を中心に、周囲へ水の入ったグラス、二輪の白いカーネーション、そして桜桃(サクランボ)と小桃を配した静物画である。本作同様1760年代に制作された『葡萄と石榴』や『音楽の象徴(音楽の寓意)』などの静物画と比較すると、本作はあまりにも簡素な対称配置によって画面が構成されている印象を受けるが、これこそ歳を重ねたシャルダンが辿り着いたもうひとつの静物画世界なのである。画面の中心に配される山積みされる野苺の入った平籠は、質素ながら強い安定感を示している棚台の上で、本作の明確な主題として圧倒的な存在感を醸し出しており、この分析的で幾何学的な正三角形での主題の構成は近代性すら感じさせる。さらに瑞々しく実った野苺は画面右側に描かれる桜桃や小桃と共に濃密で快楽的な甘味を想像させる。画面左側へは野苺の自然的な柔和さとは対照的な硬質性と冷質性を感じさせる水の入った透明のグラスが配されており、見事な質感的対比を示している。そして画面中央には野苺を始めとした果物類との色彩的対比として白色のカーネーションが小気味良く配されており、少ない色数で画面を構成しながら非常に表情豊かな印象を観る者に与える。本作の光や陰影表現に注目しても、野苺は画面左側から光が当てられ右側部分に影を落しているのに対して、背後の壁は右側を明るくし、左側を沈み込むような陰影で覆うことによって、光と陰影の視覚効果を最大限に活かしている。質感・色彩・光源・陰影的対比を絶妙に計算し画面を構築しながらも、類稀な詩情性と叙情性を感じさせる本作の対象構成やその表現は、画家の作品の中でも秀逸の出来栄えであり、今も観る者を魅了し続ける。

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葡萄と石榴(ブドウとザクロ)

 (Raisins et granades) 1763年
47×57cm | 油彩・画布 | ルーヴル美術館(パリ)

18世紀ロココ様式時代における風俗画・静物画の巨匠ジャン・シメオン・シャルダン晩年期を代表する作品『葡萄と石榴(ブドウとザクロ)』。かつては、当時、最も権力を有していた大臣のひとりであるサン・フロランタン伯爵が所有していたと推測されている本作は、王立絵画・彫刻アカデミー後、風俗画を主体として絵画を制作していた画家が、再び静物画制作に取り組むようになった晩年期(1750年以降)に手がけられた作品のひとつである。寸法や表現手法がほぼ同一であることから、本作同様ルーヴル美術館に所蔵される『ブリオシュ』と対の作品であると考えられている本作では、画面中央に配される白い磁器の水差しを中心に、その前に黒葡萄と、そのすぐ奥に白葡萄がひと房ずつ、さらに両脇に白葡萄がふた房配され、画面右側には洋梨などの果実とナイフ、そして(葡萄から醸造される)ワインが入ったグラスが2脚、画面左側には柘榴がふたつ描かれており、手前の柘榴はその実が瑞々しく弾けている。画面中央の艶やかな光沢を帯びた水差しの白く輝くような質感や、正確に描写される熟し弾けた赤い柘榴の果肉や種の、静謐な雰囲気に命を宿す生命的効果と造形的な趣、画面右端のワイングラスの(柘榴とは対照的な)硬質性と繊細な光の反射の表現は、特に秀逸の出来栄えを示している(画家は本作と『ブリオシュ』を1763年のサロンへ出品したとも考えられている)。また水差しを頂点に静物全体で三角形が構成されているが、この堅牢(安定的)でありながら造形性と詩情性に優れた独特の静物表現は、後期印象派を代表する画家ポール・セザンヌを初めとした近・現代の画家らに多大な影響を与えたことが知られている。

関連:対画 ルーヴル美術館所蔵 『ブリオシュ(ブリオッシュ)』

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音楽の象徴(音楽の寓意、音楽のアトリビュート)


(Attributs de la Musique) 1765年
91×145cm | 油彩・画布 | ルーヴル美術館(パリ)

18世紀フランス絵画の巨匠ジャン・シメオン・シャルダン1760年代を代表する静物画作品のひとつ『音楽の象徴(音楽の寓意、音楽のアトリビュート)』。アカデミー書記長の職に就いていた画家の良き友人シャルル・ニコラ(コシャン)の仲介で、建築総督マリニー侯爵のショワジー城内「遊戯の間」の談話室(控え室)扉上の装飾画として制作された3点の静物画の中の1点である本作は、制作年となる1765年のサロンにも出品され、好評を博した作品としても知られている。本画題≪音楽の象徴≫はシャルダンが王立絵画・彫刻アカデミーの正式な会員となって間もない1731年にも手がけているが、本作では内容がより緊密になっており、画面左から二冊の書物、ヴァイオリンと弓、小型のリュート(マンドール、マンドリン)、楽譜、小風笛(ミュゼット、バグパイプ)、木製のフルート、譜面台、燭台(蝋燭立て)そしてトランペットと音楽に関する様々なアトリビュートが配されている。一見すると無秩序的に配されたように感じられる楽器など各構成要素であるが、画面中央では正面を強調するかのように、画面の左右では奥へと向かうように(奥行きを強調するかのように)処理されており、構成要素の配置が絶妙に計算されている。また画面の中央に配された小風笛に付く艶やかな赤色の豪華な袋の柔軟な質感と、その背後に配される小型のリュートの堅い質感の対比や、やや赤味を帯びた楽器の置かれる底台と、譜面台の緑色の色彩的対比も見事の一言である。なお本作以外に制作された2点の作品のうち『芸術の象徴』は現存(ルーヴル美術館所蔵)するものの、『科学の象徴』は消失している。

関連:『芸術の象徴(芸術の寓意、芸術のアトリビュート)』

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桃の籠(桃とバスケットと胡桃)


(Corbeille de pêches avec couteau) 1768年
32.5×39.5cm | 油彩・画布 | ルーヴル美術館(パリ)

18世紀に活躍したフランス絵画の巨匠ジャン・シメオン・シャルダン晩年を代表する静物画のひとつ『桃の籠(桃とバスケットと胡桃)』。制作年記の記される最後の静物画としても知られる本作は、籠の上に乗せられた桃を中心に葡萄酒の入ったグラスとナイフ、ふたつの胡桃(クルミ)を配した作品である。画面のほぼ中央へ配される籠に乗せられた複数の桃は甘く豊潤な香りさえ感じさせるほど瑞々しく正確な球形で描写されている。籠の下には一本のやや小ぶりなナイフがテーブルからはみ出すように配されており、画面に奥行きと立体感を与えることに成功している。画面左側には葡萄酒(ワイン)が入るのであろう透明なガラス素材のグラスがひとつ配されており、ナイフと共に本作へ(桃や籠の柔らかさと対照的な)硬質性や人工性を与えている。さらに画面右側には自然界の硬質としてふたつの胡桃が配されているが、その中のひとつは外殻が半分に割られ中の実が露わとなっている。本作に示される軟質と硬質の対比も画家の静物画の大きな特徴として特に注目すべき点であるが、それと同様に本作から感じられる時間的概念や静物そのものが醸し出すかのような独特な雰囲気の表現にも眼を向ける必要がある。本作に描かれる桃が夏に収穫を迎える果物に対して左右の葡萄酒や胡桃の本格的な収穫時期は秋であることから、本作には静物による時間的な経過と概念が本質に取り入れられているのは明白であり、本作のように極限まで描く対象を絞り込むことによってそれらは的確に観る者へと伝わらせている。さらに静物個々個々が圧倒的な存在感を醸し出しながらも、シャルダンの卓越した表現力によって画面の中で見事に調和を示しており、観る者を違和感無く描かれる世界観へと惹き込むのである。

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シャルダン夫人の肖像


(Portrait de Mme Chardin) 1775年
46×38.5cm | パステル・紙 | ルーヴル美術館(パリ)

ロココ美術の大画家ジャン・シメオン・シャルダンが晩年にてがけた肖像画の傑作『シャルダン夫人の肖像』。視力が著しく衰えた為に油彩による絵画制作がおこなえなくなった画家が、パステルを用いることで新たな新境地を開いた最晩年期の作品である本作は、画家の2番目の妻フランソワーズ・マルグリット・プージェの肖像で、対の作品として画家の自画像『日除けをつけた自画像(日除けを被る自画像)』も制作されている。制作された1775年のサロン出品作でもある本作では、青いリボンのついた頭巾を被り、庶民的な衣服を着たシャルダン夫人が画面中央に配され、その姿態はあくまでも自然体に構えながら画面左へと視線を向けている。明確でやや対比の大きい明暗を示しつつも、柔らかで対象(シャルダン夫人)の内面に迫るかのような表現は、油彩による画家の肖像画には見られなかった新たな独自性であり、特に老いた身ながら、なおも生命力に溢れたシャルダン夫人の瞳の表情や、紅色に染まる頬など血色の良さを感じさせる艶やかな肌の表現などは観る者を強く惹きつける。さらに繊細でありつつも大胆に運ばれるパステルの跡は本作に生き生きとした躍動感を与えているだけでなく、画家が抱いていたシャルダン夫人への印象も見事に捉えている。なお本作に描かれるシャルダン最愛の妻フランソワーズ・マルグリット・プージェとは、画家が1735年に最初の妻を亡くした9年後の1744年に再婚した。

関連:対画 『日除けをつけた自画像(日除けを被る自画像)』

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日除けをつけた自画像(日除けを被る自画像)


(Autoportrait de Chardin à l'abat-jour) 1775年
46×38.5cm | パステル・紙 | ルーヴル美術館(パリ)

ロココ美術の大画家ジャン・シメオン・シャルダンが晩年に手がけた自画像の傑作『日除けをつけた自画像(日除けを被る自画像)』。視力が著しく衰えた為に油彩による絵画制作がおこなえなくなった画家が、パステルを用いることで新たな新境地を開いた最晩年期の作品である本作は、この頃の画家が度々描いてきた自画像作品のひとつであり、対の作品として画家の2番目の妻フランソワーズ・マルグリット・プージェを描いた『シャルダン夫人の肖像』も制作されている。画面中央やや左寄りに描かれる、薄朱色のリボンのついた頭巾を被り、その上から日除けをつけたシャルダンは、斜めに体躯を構えながら、方向こそ観る者の方へと向けられているが、その視線の先では何か別のものを見ているようである。『シャルダン夫人の肖像』同様、庶民的な衣服に身を包んだシャルダンの姿は王立絵画・彫刻アカデミーの会員として大成した画家とは思えないほど実直であり、まさに一切飾らぬ自身の姿を写している。明暗の対比は厳しく、特に影のかかったシャルダンの顔はどこか情熱的であり、威厳的(威圧的)であるものの、そこには画面の中には納まりきらないほどの屈託の無い人間性を強く感じさせる。またパステル独特の瞬間を捉えるかのような素早いタッチによる表現は、シャルダンの内面的心象を見事に捉えており、『シャルダン夫人の肖像』との心理的対比は圧巻の一言である。対の作品と共に1775年のサロンへと出品された本作は17世紀オランダ絵画黄金期の偉大なる巨匠レンブラント・ファン・レインと比較されるなど、当時はもとより後世の批評家などからも高く評価された。

関連:対画 『シャルダン夫人の肖像』

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画架の前の自画像(イーゼルの前の自画像)

 1779年頃
(Autoportrait (Portrait de Chardin au chevalet))
40.5×32.5cm | パステル・紙 | ルーヴル美術館(パリ)

18世紀フランスのロココ美術時代に活躍した偉大なる画家ジャン・シメオン・シャルダン最晩年の自画像作品『画架の前の自画像(イーゼルの前の自画像)』。本作はおそらく1779年のサロンに出品された3点の頭部習作の中のひとつであると推測されており、画家がその生涯で数点制作していることが判明している自画像作品において最後に手がけられた自画像としても知られている。シャルダンは1771年に(画架は描かれないものの)本作とほぼ同様の構図・構成で自画像『鼻眼鏡をかけた自画像』を制作しているが、本作はそれと比較してみると、より謙虚なシャルダン自身の、そして画家としての姿を見出すことができる。画面中央から左側にかけて大きく描かれるシャルダンの頭部(顔)と上半身は、さすがに80歳を超えた年齢を感じさせるように痩せ衰えているが、その眼差しには在るがままの対象(又は自分自身)を実直に見据えるような強さと誠実さが感じられる。さらに明暗対比の大きな陰影表現を用いながら、そこにある種のシャルダンが最晩年に抱いていた穏やかな感情すら示したような深遠な心理的描写には、かねてから17世紀オランダ絵画黄金期の巨匠レンブラント・ファン・レインの影響(シャルダンは晩年期にレンブラントの作品を研究していたことが判明している)が指摘されており、画家がその後如何なる心境に至った点など更なる研究が期待されている。また色彩表現においても頭部で用いられる頭巾(ボンネット)の清潔な白色とリボン状の頭帯の鮮やかな青色の色彩的対比や右手に持たれる筆記具の赤色のアクセント的な使用など注目すべき点は多い。

関連:1771年制作 『鼻眼鏡をかけた自画像』

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