Introduction of an artist(アーティスト紹介)
画家人物像
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フランソワ・ブーシェ Francois Boucher
1703-1770 | フランス | ロココ




18世紀に活躍したロココ美術を代表する画家。軽快で官能性や装飾性に富んだブーシェの作品はロココ様式の典型として当時の権力者らから絶大な支持を得た。神話画や肖像画、寓意画などが著名であるが、宗教画や風俗画、田園画、風景画のほか、当時流行していたシノワズリ(中国趣味)やオリエンタリズムなど多彩なジャンルを描いた。ブーシェの手がける作品の甘美な世界観や豊麗な官能性は(当時の)一部の知識人・教養人などから「堕落的」との批判を受けたものの、画家の作風は多様なロココ様式の発展に大きく貢献した。1703年にパリで生まれ、装飾の図案家であった父より絵画の手ほどきを受けた後、1720年頃、本格的な画業の修行のため同時代の歴史画家フランソワ・ルモワーヌの下へ赴く。1723年ローマ賞を受賞した後、当時既に名を馳せていたアントワーヌ・ヴァトーの素描画集の制作に版画家として参加。1727年から1731年にかけて収集家の援助により渡伊し、ルネサンス芸術を始めとしたイタリアの古典芸術を学ぶ。1734年、王立アカデミーに認められ入会、1737年には同アカデミーの教授に就任した。以後ヴェルサイユで宮殿内の王妃の間や小広間、大蔵卿庁舎、王の居室などの装飾画を手がけ、流行画家のひとりとなり、国王ルイ15世の愛妾ポンパドゥール夫人(本名ジャンヌ=アントワネット・ポワソン)の肖像画をも描く一方、王家が建造する建物の装飾や、陶磁器の製作、出版事業、舞台やその衣装のデザインなどの様々な事業に積極的に参加し、1765年には宮廷首席画家、次いでアカデミー会長に就任する。1770年、生地であるパリで死去。なおブーシェ同様、ロココ美術を代表する画家ジャン・オノレ・フラゴナールは画家の最も高名な弟子であるほか、印象派の巨匠ルノワールもブーシェの多大な影響を受けている。

Description of a work (作品の解説)
Work figure (作品図)
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アウロラとケファロス

 (Aurore et Céphale) 1733年と推測
250×175cm | 油彩・画布 | ナンシー美術館

盛期ロココ美術を代表する巨匠フランソワ・ブーシェ初期の重要な作品『アウロラとケファロス(アウロラに帰宅を懇願するケファロス)』。寸法や構図、表現様式的特徴などの点から、おそらくパリのルーヴル美術館に所蔵される有名な『ヴィーナスとウルカヌス』の対画として、高等法院弁護士フランソワ・デルベの依頼により制作された作品であると推測されている本作は、古代ローマ有数の詩人オウィディウスによる傑作≪転身物語(変身物語)≫第7巻703に記される≪アウロラとケファロス≫を主題に描かれた作品である。本主題≪アウロラとケファロス≫は恋多き曙の女神アウロラがある日、美青年の狩人ケファロスに恋(一目惚れ)をし、己の宮殿へ連れ帰るものの、新婚であった狩人ケファロスが妻プロクリスを一途に想い女神アウロラの求めを拒絶し、自身の帰宅を懇願するという逸話で、曙の女神アウロラはその後、狩人ケファロスの願い(帰宅)を了承するものの狩人ケファロスと妻プロクリスの暗い未来を予言したと話は続くが、本作では本来の物語進行とは異なり、「狩人ケファロスに拒絶された動揺から己の仕事を放棄した曙の女神アウロラを見かねた愛の神キューピッドが、狩人ケファロスの心から妻プロクリスを消し女神アウロラに陶酔させた」と、絵画ならではの独自的解釈に基づいた物語展開が描かれている。その為、本作の狩人ケファロスは明らかに女神アウロラの輝くような美貌に心を奪われている様子であり、女神アウロラも己の恋の成熟に満足そうな表情を浮かべている。また本作には3人の天使が描かれており、画面上部の2天使のひとりは夜明けを告げる松明を、もうひとりは女神アウロラが乗る馬車の軍馬ランポスとファエトンの手綱を、画面下部(狩人ケファロスの背後)の天使は朝露となる水瓶を手にしている。本作の当時の流行に倣う重厚さと軽快さが混在した伸びやかな初期ロココ的表現や、卓越した人物や対象描写など若きブーシェの優れた画才が如何なく発揮されており、盛期ロココ美術最大の巨匠の誕生を予感させる。

対画:ルーヴル美術館所蔵 『ヴィーナスとウルカヌス』

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ヴィーナスの勝利

 (Triomphe de Vénus) 1733年頃-1740年
130×162cm | 油彩・画布 | ストックホルム国立美術館

ロココ美術の大画家フランソワ・ブーシェを代表する神話画作品のひとつ『ヴィーナスの勝利』。1733年頃に制作を開始したと推測されるが、サロンへは1740年に出品された作品である本作に描かれるのは、画家がその生涯の中で最も多く手がけた画題のひとつである女神≪ヴィーナス(ギリシア神話のアフロディーテと同一視される)≫の司る≪愛≫と≪美≫が勝利を収めた場面である。愛と美と豊穣の女神ヴィーナスは、世界を統べた最初の神々の王ともされている天空神ウラノスが(子息クロノスによって)切り落とされた性器から海へと滴り落ちた精液が作り出した泡から生まれたとされており、ヴィーナスにとって海は自分が誕生した重要な場所である。本作では画面中央やや右寄りの岩に腰を下ろした、一際肌が白く輝くヴィーナスが下方へ視線を向けており、その背後ではニンフが海の宝石である真珠をヴィーナスに差し出している。さらに画面下部では巨大魚に身体を預けながら複数のニンフたちがその身を捩じらせている。本作に描かれるヴィーナスやニンフらの裸婦表現は、いずれも理想化されない現実的な官能性に溢れており、観る者を愛と美が勝利した甘美な世界へと誘う。またヴィーナスという画題やその官能的表現は元より、隆々とした肉体美を見せる裸の男たちの逞しい躍動感や、天空を舞う複数のアモル(ギリシア神話ではエロス、キューピッドとも呼ばれる)たちの軽やかな運動性、光の輝きに満ちた明瞭で対比の大きい色彩表現などは盛期ロココ様式の典型であり、本作はそれら様式の特徴が顕著に示されたブーシェの代表的な作例としても広く知られている。

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朝食(昼食)

 (Le Déjeuner) 1739年
82×66cm | 油彩・画布 | ルーヴル美術館(パリ)

ロココ美術盛期の巨匠フランソワ・ブーシェの代表的な風俗画作品のひとつ『朝食(昼食)』。画家が画業の初期にしばしば手がけた17世紀オランダ風俗画風の作品の中でも、特に知られている(ブーシェ36歳頃の)作品である本作は、18世紀当時のフランスの貴族階級の典型的な朝食の情景を描いた作品である。公式的な場面ではでない為、決してフォーマルな装いではないが、品が良く質の高そうな衣服を着た女性二人と子供達が、給仕の入れるショコラ(又はコーヒー)を口にする姿は、当時の貴族らの殆ど儀式化(習慣化)された生活そのものである。また画面の中でとりわけ印象的な存在感を放つ背の高い大鏡や、そこから突き出した金の箔が施された装飾的な燭台、豪奢な壁掛け時計、そして当時フランス宮廷内で流行していたシノワズリ(中国趣味)風の置物などは、何れも当時の諸貴族らが好んだ美術趣味(流行)であり、画面に至る所に社会的流行やその背景が描き込まれていることも注目すべき点のひとつである。大鏡台の上部に配される楕円形の絵画は、同時代の画家モリエールの(版画に基づく?)作品であると推測されている。なお居間のような部屋の様子や遊具を持つ子供が描かれていることからも本作は一般的には『朝食』の場面とされているが、一部の研究者や批評家からは昼食後にショコラ(又はコーヒー)を飲む姿を描いたとする説も唱えられている。

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エウロペの略奪

 (Enlèvement d'Europe)
1740-42年頃(又は1734-36年) | 321×270cm | 油彩・画布
ウォーレス・コレクション(ロンドン)

ロココ美術随一の画家フランソワ・ブーシェが手がけた神話画の代表作『エウロペの略奪』。制作目的や意図の詳細は不明であるものの、かつてバザンの収集品陳列室に置かれるほか、オルレアンの財政収集総監を務めた貴族ワトゥレが所蔵するなど来歴は明確である本作に描かれる主題は、ギリシャ神話の中でも最も著名な逸話のひとつ≪エウロペの略奪≫で、本作同様、ウォーレス・コレクションが所蔵する『ニンフたちに幼いデュオニソスを託すメルクリウス』と対画作品としても知られている。本主題≪エウロペの略奪≫は、フェニキアの都市テュロスの王アゲノルの娘エウロペが侍女らと海辺で戯れる姿を見た主神ゼウズが、エウロペを見初め、白く優美な雄牛に姿を変えてエウロペに近づき、(雄牛に)心を許したエウロペが雄牛の背中に乗ると、雄牛(に姿を変えた主神ゼウス)が駆け出し、そのまま海を渡りクレタ島へと連れ去ってしまったという逸話で、本作はエウロペが雄牛の背中に乗る姿を中心に展開している。画面中央に描かれる金髪を風に靡かせた優雅で美しいエウロペの姿態は、しばしばブーシェの王立絵画・彫刻アカデミー入会作品として知られているルーヴル美術館所蔵の『リナルドとアルミーダ』との関連性が指摘されている。またエウロペの周囲を取り囲むかのように配される侍女らの軽やかな運動性や、赤色、青色、白色の三色で構成される花々の豊かな色彩、画面上下に描かれるキューピッドの無邪気な姿態などはロココ様式の典型的な表現であり、観る者を芳しきロココ独特の世界へと誘う。さらに画面左右に描かれる侍女の(特に背中を向ける画面右端の侍女の)エロティックな人体表現は秀逸の出来栄えであるほか、登場人物らによって形成される三角形の構図による本作の安定性も、ブーシェの画家としての高い力量を示したものである。なお本作はかつて画家の師フランソワ・ルモワーヌの作品と考えられていた。

関連:対画 『ニンフたちに幼いデュオニソスを託すメルクリウス』
関連:ルーヴル美術館所蔵 『リナルドとアルミーダ』

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水浴のディアナ

 (Diane au Bain) 1742年
57×73cm | 油彩・画布 | ルーヴル美術館(パリ)

ロココ美術の大画家フランソワ・ブーシェの代表作『水浴のディアナ』。本作に描かれる主題は、ローマ神話から主神ユピテルと巨人族の娘レトとの間に生まれた双子のひとり(もう一方は太陽神アポロ)で、多産や狩猟を象徴する地母神であり、純潔の象徴でもある女神≪ディアナ(ディアナはギリシア神話のアルテミスと同一視される)≫が狩りを中断し、ニンフと共に水浴する姿である。本作で最も観る者の眼を惹きつけるのはディアナとニンフの官能性に溢れた甘美な裸体表現と輝くような肌の美しさにある。著名な神話上の逸話≪ディアナとアクタイオン(例:ティツィアーノ作『ディアナとアクタイオン』)≫などにもあるよう、激しい気性を持つことでもで知られるディアナではあるが、本作ではその荒々しい気性部分は影を潜め、純潔の女神として神々しいまでの美しさを描き出しているのみならず、ブーシェはそこに俗世的な肉体的官能美をも表現した。このような裸体表現はブーシェの描く裸婦像の典型であり、本作はその最も優れた作例のひとつでもある。また軽快でありながら繊細で、多彩な色味を感じさせる輝くような光と色彩の描写も特筆に値する出来栄えである。なお本作は、印象派の巨匠ルノワールがルーヴル美術館で模写をおこなっていた修行時代に触れて、大変感銘を受け(ルノワールは本作を生涯気に入っていたと伝えられている)、ルノワール独自の世俗的な裸体表現に多大な影響を与えた。

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レダと白鳥

 (Léda et cygne) 1742年
60×74cm | 油彩・画布 | ストックホルム国立美術館

ロココ様式の大画家フランソワ・ブーシェ最盛期の代表的作例のひとつ『レダと白鳥』。制作された1742年のサロン出品作である本作は、スパルタ王テュンダレオスの妻であった美しい人間の女性レダに恋をした主神ユピテルが、自らの姿を白鳥に変え、レダと結ばれるギリシャ神話の逸話≪レダ≫を主題に制作された作品である。本主題≪レダ≫は、マニエリスム期の画家コレッジョ作『レダ(連作:ユピテルの愛の物語)』に代表されるよう、ルネサンス期以降、権力者を中心とした画家たちのパトロンや注文主らから最も好まれた神話的主題のひとつであるが、白鳥に姿を変えた主神ユピテルが己の想いを遂げようと、水辺で水浴をしていた侍女を伴うスパルタ王の妻レダに近づく場面が描かれる本作では、ルネサンス期などの作品で表された貞淑で恥じらいを感じさせる、あくまでも神話的な官能性による裸婦表現は用いられず、同時期に制作された画家の傑作『水浴のディアナ』と同様、ロココ様式独特の軽快で世俗的な甘美性や肉感的な官能性に溢れている。特に白鳥として現れたユピテルに驚くレダの人間的な感情を顕著に表した表現や艶かしい姿態、白く輝く美しい裸体の描写は、軽薄ながら観る者を強く惹きつける。さらにレダの隣で白鳥の出現にたじろぐ、横たわった侍女の肉体的曲線表現は、その後に手がけられた『ソファーに横たわる裸婦』などの作品を予感させる。このような豊潤な裸婦の肉体表現は、印象派を代表する画家ピエール=オーギュスト・ルノワールの作風に多大な影響を与えたことが知られている。

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化粧

 (La Toilette) 1742年 | 52.5×66.5cm
油彩・画布 | テュッセン=ボルネミッサ・コレクション

18世紀フランス絵画の大画家フランソワ・ブーシェの代表作『化粧』。ブーシェの重要なパトロンであり、友人でもあった(又、画家の妻とも親密な関係にあった)スウェーデン大使カール・グスタヴ・テーシンの依頼により、上流階級(貴族階級)の婦人の一日の場面を描いた4点から構成される連作の、最も初期に制作された作品である本作は、ひとりの貴婦人が女中と共に化粧直し(身支度)をする姿を描いた作品である。ストッキングを上げガーターを着ける婦人の姿は、あきらかにヤン・ステーンなど17世紀オランダ風俗画におけるエロティシズムの影響の痕跡が示されており、この婦人の姿態は過去の素描作品からの引用であることが知られている。また女中の後ろ姿の姿態も、身支度をする婦人同様に過去の素描作品が元となっている(参照:『後ろ向きの女中の元素描』)。女中のモデルに関しては(一説には依頼主テーシンと密かに恋愛関係にあったとの憶測もされている)ブーシェの妻とする説も唱えられているが、確証を得るには至っておらず、一般的には否定的である。さらに一部の研究者からはこの椅子に座り身支度を整える婦人の姿と、画家が1739年に手がけた『朝食(昼食)』の登場人物との類似性も指摘されている。本作の婦人や女中が身に着ける(おそらくはシルク地の)衣服の質の高さを感じさせる艶やかな光沢感の描写や、明瞭で輝きに満ちた色彩描写は見事の一言であり、観る者を魅了する。また花鳥図が描かれる屏風や小物類など当時流行していたシノワズリ(中国趣味)の様式を、ロココ様式の特徴である軽やかで優雅な表現を融合させた本作は、まさに時代的趣味(流行)の典型であり、画家の類稀な才能が画面の至る所に遺憾なく発揮されている。なお4点の連作中、本作以外で唯一残されるのが、ストックホルム国立美術館が所蔵する『『朝(身支度)』である。

関連:『後ろ向きの女中の素描』
関連:ストックホルム国立美術館所蔵 『朝(身支度)』

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謁見する中国皇帝


(Festin de l'empereur de Chine) 1742年
40×47cm | 油彩・画布 | ブザンソン美術館

盛期ロココ美術を代表する巨匠フランソワ・ブーシェ作『謁見する中国皇帝』。本作はボーヴェ・タピスリー製作所のために画家が手がけた、10点から構成される連作≪中国主題のタピスリー≫の下絵(原図)の中の1点(第2タピスリー用)で、民衆の謁見を受ける皇帝の様子が描かれている。本作には18世紀当時、フランス国内はもとより、欧州全土で流行していた中国趣味(シノワズリ)的様式を取り入れた最も典型的なブーシェの作品のひとつでもあり、画家の中国趣味に対する(個人的な愛情を含めた)傾倒の深さを示している。下絵として制作されているために他の主要な油彩画と比較すると寸法がやや小さい本作ではあるが、描かれる内容と描写の質は非常に高い。50年以上前(1690年頃)に他の画家によって下絵が手がけられた最初の連作≪中国主題のタピスリー≫の同主題の作品から着想が得られていると推測される本作の画面中央に玉座に座る皇帝が傍らの黄金の剣と地球儀と共に描かれており、その周囲には複数の従者たちが皇帝の世話をおこなっている。その下では深々と頭を下げながら民衆らが貢物を携えながら皇帝と謁見している。さらに画面の左右には皇帝を守る兵士や高官らが描かれているほか、背後には大勢の民衆が所狭しと配されている。これらの軽快な筆触による密度の濃い細かな描写も注目すべき点であるが、本作で最も特筆すべき点は表現される色彩の見事さにある。まるで水彩のような潤沢性を感じさせる登場人物の衣服の多様な色彩や、自然的な輝きを感じさせる明瞭な光と複雑な陰影の表現はブーシェの他の作品では見られない独自性とロココ的軽快性に溢れており、今なおその輝きは失うことなく観る者を魅了し続けているのである。

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狩りから帰るディアナ

(Retour de chasse de Diane) 1745年
94×132cm | 油彩・画布 | コニャック=ジェ美術館(パリ)

盛期ロココ美術時代における最大の画家のひとりフランソワ・ブーシェの典型的な作例のひとつ『狩りから帰るディアナ』。おそらく『田園の内緒ごと』や『田園の化粧』、『説き伏せられたエーリゴネー』と共に、シャルトル公フォリー・ド・シャルトル城の戸口上部のために制作された4点の装飾画の中の1点である本作は、純潔の象徴であり、多産や狩猟を象徴する地母神でもあるローマ神話上の女神≪ディアナ(ディアナはギリシア神話のアルテミスと同一視される)≫が狩りを終え、帰路に着く前に、数人のニンフらと収獲した獲物を品定めする情景を描いた作品である。制作後、一部画布が継ぎ足されていることが判明している本作の画面左部分では、狩りを終えた女神ディアナが太い木の幹に腰を下ろし、足首まで巻かれた装飾的な靴紐を解いている。その姿態はどこまでも優美でありながら、足を組み、左手で青色の紐を解く瞬間の動作や曲線美には類稀な官能性を見出すことができ、そこに女神ディアナが内面に抱く本来の荒々しい気性は微塵も感じられない。さらに一際明瞭な光が当てられるディアナの胸部の輝くような白い肌の質感を始めとした裸婦表現は、『水浴のディアナ』など生涯で画家が数多く手がけたディアナを画題とした作品の中でも特に優れた作品のひとつとして広く認知されている。画面右部分にはディアナの従者として狩りに同行したニンフが三人配されており、ディアナが仕留めた野鳥を品定めしている。この三人の中の最も手前のニンフはディアナと対するかのように類似した姿態で描かれており、身に着ける青色と黄色の衣服の色彩的対比の美しさも特筆に値するものである。

関連:ロサンゼルス美術館所蔵 『田園の内緒ごと』

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羊飼いの娘イセに神であることを明かすアポロン


(Apollon révélant sa divinite à la bergère Issé) 1750年
129×157.5cm | 油彩・画布 | トゥール美術館

盛期ロココ美術随一の巨匠フランソワ・ブーシェの最も得意とした神話画の代表的作例のひとつ『羊飼いの娘イセに神であることを明かすアポロン』。本作は古代ローマの最も著名な詩人のひとりオウィディウスによる傑作≪転身物語(変身物語)≫の挿話から創作されたオペラ≪イセ≫に典拠を得てブーシェが制作した作品で、おそらくはパリで大成功を収めたオペラ≪イセ≫がヴェルサイユ宮殿でも上演されたのを期に、フランス国王ルイ15世の宮殿のための装飾画のひとつとして制作された作品であると推測されている。画面中央には(転身物語では)マカレウスの娘とされる≪イセ≫に対して、主神ゼウスと巨人族の娘レトとの間に生まれたオリュンポス十二神の1柱≪アポロン≫が、己が神であること明かしている(示している)姿が描かれている。その周囲には天使らが螺旋状に舞っており、その手にはアポロンのアトリビュートである松明や竪琴、四頭立ての戦車の手綱などが握られている。また画面下部左側に配される泉の精ナイアスが二人の劇的な瞬間に目を向けている。本作で特筆すべき点は、ブーシェ独特の甘美性が漂う優美で繊細な表現と、登場人物の構成の巧さにある。主役となるアポロン自らが光源となっているかのように明瞭な光に包まれ、イセに対する感動的な告白を盛り上げている。またやや演劇的な人物らの姿態や画家の得意とした軽やかな色調、鬱蒼とした森の中で突如、夢の中に迷い込んだかのような非現実的な雰囲気の表現なども優れた出来栄えを示している。さらに全体で逆Z字を描く登場人物のリズミカルな配置やアポロンの背後の扇状の空間表現は、絵画としての装飾性をより強調する効果を生み出しており、画家の卓越した才能を存分に感じることができる。

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鳩小屋(シャラントンの水車小屋)


(Le Pigeonnier (Le Moulin de Charenton)) 1750-51年頃
72×91cm | 油彩・画布 | オルレアン美術館

盛期ロココ美術随一の大画家フランソワ・ブーシェの代表する風景画作品『鳩小屋(シャラントンの水車小屋)』。署名や年記は無いものの、しばしば関連性が指摘されているルーヴル美術館所蔵の『』や『水車小屋』と同時期に制作されたと推測されている本作は、古くからパリを中心とした地域圏イル・ド・フランス地方の小都市シャラントン・ル・ポンの水車小屋を描いた作品であると論じられてきたが、現在ではその描かれる内容から主題(画題)は鳩小屋であるとの指摘がされている。流麗甘美な官能性漂うロココ様式による神話画や肖像画などで名を馳せたブーシェであったが、その生涯では本作のような古典的叙情性を感じさせる風景画も複数手がけており、本作はその中の代表格として広く認知されてる。画面中央には(画面の中で)一際目を惹きつける赤色の衣服を身に着けた農婦がやや小さな池へ木桶を降ろし水を組んでいる姿が描かれ、その垂直線上となる前景中央には一匹の猟犬が配されている。農婦の奥に描かれた本作の主題となる粗末な鳩小屋には数羽の白鳩が留まっており、それは農婦の右側に描かれる小さな民家も同様である。あくまでもロココ的な軽やかさなど様式的特徴を漂わせた、基礎力の高さを感じさせる写実的描写の中に示される、あたかも神話の一場面を連想させるような詩情性に溢れた雰囲気の描写や洗練された小粋で叙情的な感情性、薄い大気感、繊細ながら輝きに満ちた光の表現などは特に秀逸の出来栄えであり、今なお観る者を魅了し続けるのである

関連:ルーヴル美術館所蔵 『森』
関連:ルーヴル美術館所蔵 『水車小屋』

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ソファーに横たわる裸婦(黄金のオダリスク、ルイーズ・オマフィーの肖像)

 (Femme nue couchée sur un sofa (Odalisque blonde)) 1752年
59×73cm | 油彩・画布 | アルテ・ピナコテーク(ミュンヘン)

ロココ美術の大画家フランソワ・ブーシェの代表作『ソファーに横たわる裸婦』。『黄金のオダリスク、金髪のオダリスク』とも呼ばれる本作は、画家がその生涯で数多く手がけた横たわる(少女の)裸婦作品の中の一点で、裸婦という主題(画題)を近代的なアプローチで描いた数少ない作品としてもブーシェの作品の中でも特に重要視されている。本作に描かれる人物のモデルはフランス国王ルイ15世の公妾(公式の愛妾)にまで登りつめたポンパドゥール夫人同様、国王の妾となった(また数々の女性遍歴でも知られるヴェネツィア出身の作家ジャコモ・カサノヴァの恋人のひとりでもあった)ほか、47年もの間ブーシェのモデルを務めたルーアン出身の美しい夫人ルイーズ・オマフィー(オマーフィ、オミュルフィとも呼称される)と考えられている。本作の最も大きな見所のひとつである、柔らかな曲線によって構成・表現される横たわる裸婦の芳しいまでの官能性や奔放性、そして神話的主題による裸婦展開ではなく現実の風景(本作では部屋)の中に裸婦を描くという近代的な裸婦のアプローチは、当時の人々のみならず、19世紀の画家たちにも影響を与えた。また画面下部の異国的な香炉や一輪の(薔薇の)花、暖色を多用した豊かな色彩表現なども注目すべき点である。なお本作以外にも、横たわる(少女の)裸婦を描いた作品として、ルーヴル美術館が所蔵する『褐色のオダリスク』が知られているが、こちらは18世紀に流行した異国的趣味が色濃く反映されている。

関連:ルーヴル美術館所蔵 『褐色のオダリスク』

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日の出

 (Lever du soleil) 1753年
321×270cm | 油彩・画布 | ウォーレス・コレクション

ロココ様式独特の軽快かつ繊細で優美な装飾性が存分に表現されているフランソワ・ブーシェの代表的な神話画のひとつ『日の出』。タピスリーの原画(下絵)として制作された本作は、共に制作された『日没』の対画であり、ギリシャ神話のアポロン説話(太陽神話)に典拠を得て、光明の神アポロンが四頭立ての戦車に駕して東の宮殿を出て、天の穹窿を横切り、西の涯へ向かう場面が描かれている(アポロンはしばしば太陽神ヘリオスと同一視され、本作の解釈もそれに基づいている)。画面中央には東の宮殿を出て上昇するアポロンと、自身が生み出した暁の明星が、光輝く天上へと導く曙(あけぼの)の女神アウロラが配されており、ブーシェ独特の軽やかで演劇的なその表現は、観る者にある種の高揚感と官能的な感覚を与える。特に曙の女神アウロラの表現は、バロックの巨匠グィド・レーニグエルチーノなど過去の偉大なる巨匠らも天井画(参照:グィド・レーニ作『アウロラ(曙)』、グエルチーノ作『アウロラ(曙)』)として描いているが、それらとは決定的に異なる軽快性と、甘美で官能的な肢体の美しさが際立っている。また二人のさらに上空には(諸説あるが)太陽神アポロンの双子の姉(妹という説もあり)月の女神アルテミスの姿が配されており、観る者を日の出(夜明け)の世界へと導いている。なお『日没』との対画となる本作ではあるが、絵画上の時間軸とは異なり、この『日の出』の方が後に制作されたことが知られている。

関連:対画 『日没』

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日没

(Coucher du soleil) 1752年
321×270cm | 油彩・画布 | ウォーレス・コレクション

ロココを代表する画家フランソワ・ブーシェが生涯を通して描いたという神話画の傑作『日没』。タピスリーの原画(下絵)として制作された本作は、対画となる『日の出』と共にブーシェ作品を代表する神話画のひとつである。本作に描かれるのは、世界の海や川を生み出した水神オケアノスの流れを渡り、東の宮殿への帰路に着いた光明の神アポロンと、それを迎える海の女神テティスが意味する≪日没≫の場面である。ギリシャ神話のアポロン説話(太陽神話)に典拠を得ている本作で最も注目すべきは、大胆でありながら流麗で、官能性に溢れた(アポロンやテティスを始めとする)登場人物の描写にある。画面中央に配されるアポロンとテティスは(わざとらしいほど)大げさで演劇的な動きを見せ、互いを見つめている。アポロンは神話では毎朝、四頭立ての戦車に乗り、自分の住む東の宮殿を出発し、天の穹窿 (大空) を翔け、夕方、西の涯に到着した後、闇夜の中を黄金の杯に乗って海を航行し、東の宮殿に帰り着くと考えられており、このアポロンとテティスの表現に観る者は(恋人同士など)世俗的(人間的)な関係性を見出すのである。また画面上部の闇と夜を運ぶ暗黒の女神ヘカテの姿や海上のニンフらの卓越した表現、荒々しい波の描写なども注目すべき点のひとつである。なお『日の出』との対画となる本作ではあるが、時間軸とは異なり、この『日没』の方が最初に制作されたことが知られている。

関連:対画 『日の出』

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連作≪四季−春≫

 (The Four Seasons - Spring) 1755年
54.3×72.7cm | 油彩・画布 | フリック・コレクション

ロココ時代隆盛期最大の巨匠のひとりフランソワ・ブーシェを代表する連作『四季』より『春』。かつてはマリニ侯爵が旧蔵していた本作は、宮殿や邸宅などの室内の装飾用の連作絵画作品として(一説にはフランス国王ルイ15世の公妾ポンパドゥール夫人から)ブーシェに依頼され制作された、優雅な田園風景の中に春、夏、秋、冬と≪四季≫を画題とした作品群のひとつである。≪四季≫の中から≪春≫を画題とした作品である本作の画面中央では、艶やかな光沢のある黄色地の衣服を身に着けた若い女が、恥らうかのように視線をそらしながら恋人であろう若い男に寄り掛かっている。一方、赤い上着を肩に掛けた青い衣服に身を包む若い男は、若く美しい恋人の娘の頭に、若い女が手にする花篭の中の色鮮やかな花から作ったのであろう花飾りをつけている。両者の紅潮した頬や緊密な距離感、親密な様子からは、二人の恋の謳歌を如実に感じさせる。画家の作風の典型である甘美な世界観やエロティックな雰囲気も本作の大きな魅力であるが、何と言っても本作の最も大きな見所は輝くような色彩の描写にある。本作の主人公である若い女と男には黄色、赤色、青色と画面の中で最も鮮やかで眼に映える色彩を用いながら、艶のある質感を強調するかのように光を効果的に表現している。その周囲に配される小動物(山羊)や楽器などの前景はやや陰を強めて暗く描写されており、若い女と男の色彩をより際立たせている。またる画面右側部分の遠景には燦燦と陽光を受け光り輝く牧歌的な田園風景が描かれており、この大気感に溢れる表現も見事である。

関連:連作≪四季−夏≫
関連:連作≪四季−秋≫
関連:連作≪四季−冬≫
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ポンパドゥール夫人の肖像(マダム・ド・ポンパドゥール)


(Portrait de Mme Pompadour) 1756年
201×157cm | 油彩・画布 | アルテ・ピナコテーク(ミュンヘン)

ロココ美術盛期の巨匠フランソワ・ブーシェの代表的な肖像画作品のひとつ『ポンパドゥール夫人の肖像(マダム・ド・ポンパドゥール)』。本作に描かれる肖像画の人物は、平民階級出身ながら、その美貌と幼少期から受けてきた教育・教養の高さから、当時のフランス国王ルイ15世の公妾(公式の愛妾)にまで登りつめた≪ポンパドゥール夫人(本名はジャンヌ=アントワネット・ポワソン)≫である。ポンパドゥール夫人は1745年に公妾となったことで侯爵夫人(マダム・ド・ポンパドゥール)の爵位が与えられ、その教養の高さから政治的介入をおこなうほか、審美眼や文芸的才能にも秀でており、ブーシェを始めとした諸芸術家たちや文芸者たちとの交友、邸宅建設、美術品収集で莫大な金銭を浪費したものの、それは結果的にはロココ美術(様式)の発展の大きな貢献となった。本作は制作された翌年(1757年)にサロンで展示された時に、賛辞を以って迎えられたものの、グリム男爵など一部からは批判的な言葉も受けた。本作の描かれる部屋については現在も不明であるも、本作での高価な長椅子へ横たわるように座るポンパドゥール夫人は、当時の流行に則る、軽やかでありながら洗練された豪華さも感じさせるドレスに身を包み、確固たる強い意志を感じさせる大きな瞳と端整な顔を右側へと向けている。また真珠の腕輪が控えめに輝く左手には、彼女の知識の高さと象徴するかのように一冊の書物が描かれているほか、足元には夫人の愛犬ミミが配されている。本作のロココ様式の典型的な肖像展開や洗練性、理想化する対象(本作ではポンパドゥール夫人)の美的描写などはロココ時代の肖像画の中でも特に秀逸の出来栄えであり、画家の技量と才能の高さを見出すことができる。なおヴィクトリア・アンド・アルバート美術館(ロンドン)が所蔵する『ポンパドゥール侯爵夫人の肖像』を始め、画家(とその工房)が制作したポンパドゥール夫人の肖像画が多数確認されている。

関連:『ポンパドゥール侯爵夫人の肖像』

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アイネイアスのために造った武器をウェヌスへ贈るウルカヌス

 (Vulcain présentant à Venus des armes pour Enée)
1757年 | 320×320cm | 油彩・画布 | ルーヴル美術館(パリ)

ロココ美術盛期の巨匠フランソワ・ブーシェの代表的な神話画作品のひとつ『アイネイアスのために造った武器をウェヌスへ贈るウルカヌス』。連作タピスリー≪神々の愛≫の原画(下絵)のひとつとして制作された本作に描かれるのは、古代ローマを代表する詩人ウェルギリウスによる傑作叙事詩『アイネイアス(アエネイス)』の第8巻に記される、火と鍛冶の神ウルカヌスが、美の女神ウェヌス(ヴィーナス)へ、その息子である(ラテン人との争いの為に武器が必要だった)アイネイアスのために造った武器(武具)を贈る場面である。ブーシェはキンベル美術館(フォートワース)が所蔵する作品を始め、本画題を複数取り組んでいたことが知られている(ルーヴル美術館にも本作以外に2点のヴァリアントが所蔵されている)。画面右下部分に配される火と鍛冶の神ウルカヌスが自らが大地の底で鍛えた一振りの剣を授けようと、美の女神ウェヌスへ差し出している。それを受ける画面中央に描かれた美の女神ウェヌスは、三人の従者とキューピッド、そしてウェヌスを象徴する八羽の鳩を伴い、ウルカヌスの方を向きながら微笑んでいる。やや人工的かつ芝居的でありながら、軽快で装飾的な本作の場面表現は、ロココ様式の典型であり、それを踏襲しながらも本作には画家の(本場面に対する)独自性も感じられる。また輝くような光や甘美な官能性に溢れた人体描写にも、画家の画風が良く示されている。

関連:キンベル美術館所蔵の別ヴァージョン作品

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エジプトへの逃避途上の休息


(Repos pendant la fuite en Egypte) 1757年
139×149cm | 油彩・画布 | エルミタージュ美術館

盛期ロココ様式最大の巨匠フランソワ・ブーシェが晩年期に手がけた宗教画の代表的な作例のひとつ『エジプトへの逃避途上の休息』。本作に描かれる主題はユダヤの王ヘロデが、己の地位を脅かすであろう未来の王イエスの降誕を恐れ、ベツレヘムに生まれる2歳以下の新生児の全てを殺害するために兵士を放ったものの、聖母マリアの夫である聖ヨセフが天使から「幼子イエスとマリアを連れエジプトへ逃げよ、そして再び私が現れるまでそこへ留まれ。」と託宣を受け、聖母マリアと幼子イエスを連れエジプトへと逃避したという場面≪エジプトへの逃避途上の休息≫で、宗教的主題にも関わらず非常に優美でロココ趣味的な装飾的描写によって構成されているのが大きな特徴である。画面右下に岩に腰掛け書物を読む聖母マリアの横姿や一匹の子羊が配され、聖母マリアの足下(画面中央下部分)には幼子イエスが幼児洗礼者聖ヨハネへ洗礼をおこなうような仕草で描き込まれている。そしてその上部(画面中央)では夫聖ヨセフが輝きを帯びた光の雲から出現した天使らを驚くような表情で見上げている。本作に描かれる聖母マリアの文化的香りの漂う優雅な読書行動を始め、やや明暗対比が大きく輝きに満ちた陰影表現、繊細で装飾的優美性に富んだ構成要素や色彩描写には宗教的精神性というより、装飾絵画としての通俗的な性格が強く示されている。また画面左側の流れる川の描写や遠景の建築物の表現にもブーシェ独特のドラマチック的展開を見出すことができる。

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眠る幼児キリスト(キリストの降誕)


(Sommeil de l'enfant Jésus) 1758年
117×89cm | 油彩・画布 | プーシキン美術館(モスクワ)

18世紀ロココ最盛期の偉大なる画家フランソワ・ブーシェ晩年期の代表的な宗教画作品のひとつ『眠る幼児キリスト(キリストの降誕)』。1759年のサロン出品作である本作の主題は、父なる神の意思により降誕した神の子イエスと、幼子イエスを抱く聖母マリアを描く≪聖母子≫で、当時のフランスで最も著名な思想家(哲学者)のひとりであり、女帝エカテリーナ2世とも親交のあったドゥニ・ディドロも、(一部は批判的な意見を述べつつも)表現の点においては強く認める文章を残している。画面中央左側やや下に籠から出され聖母マリアの腕の中で眠る幼子イエスがあどけない表情を浮かべており、聖母マリアは慈しむように我が子を抱きながら視線を画面の外へと向けている。さらにその反対側(画面中央右側)では永遠の生命や主イエスの血(聖餐時の葡萄酒に由来する)そしてイエス自身を意味する葡萄と、パンの原料となることから主イエスの受肉(聖体の象徴)を意味する麦を手にする洗礼者幼児聖ヨハネが聖母子を祝福するかのように寄り添っている。そして画面下部には一匹の子羊や聖ヨハネが持つ十字の杖などが配されており、画面上部にかけては演劇的な天蓋が仰々しく描かれている。ブーシェは画業の初期にアカデミーのコンクールへ宗教画を出品して以来、宗教画制作から遠退いていたものの、1750年代に再び宗教的主題に取り組むようになり、そこにはブーシェ独特の甘美性豊かなロココ様式的特長を残しつつも、敬虔かつ柔和な精神性が感じられるようになる。本作でもこれらブーシェ晩年期の宗教画世界の特徴が広がっており、その輝きは今なお色褪せず観る者を魅了し続ける。

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