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オディロン・ルドン Odilon Redon
1840-1916 | フランス | 象徴主義
フランス象徴主義を代表する画家。無意識下の世界を描写しかのような幻想性と夢想性に溢れた独自の世界観による絵画を制作。幻惑的かつ神秘的な絵画表現は同時代の絵画作品とは一線を画し、その強烈な個性は当時の象徴主義の文学者・批評家から一目を置かれていた。画業の初期にはロマン主義的な油彩画のほか、画家自身が≪モノクロームのパステル≫と呼称した木炭とリトグラフによる黒の表現を追及し、眼球、首、怪物など奇怪な作品を手がけるも、1890年頃から突如、明瞭で豊潤かつ個性的な色彩表現を開花させ、神話画、宗教画、静物画などを穏健な世界によって描いた。また画家の手がける神話画、宗教画は極端に物語性が希薄なことも大きな特徴のひとつであるほか、数多くの石版画集を制作している。1840年、アメリカから帰国したばかりの裕福な一家の息子としてボルドーで生まれるものの、生後2ヶ月でボルドー近郊のペイルルバードにあるルドン家が所有していた邸宅へ里子に出される。1855年から同地の画家スタニスラス・ゴランから絵画を学ぶ。その後、建築の勉強をおこない、1861年からパリへと移住し、翌1862年にエコール・デ・ボザール(国立美術学校)の建築科を受験するも失敗。一時的に故郷ボルドーへと戻り、1864年からエコール・デ・ボザールで歴史画家兼彫刻家のレオン=ジェロームのアトリエに入るものの、同氏のアカデミックな教育に反発し、翌年には帰郷。この頃までに植物学者(生物学者)アルマン・クラヴォー、銅版画家ロドルフ・ブレダン、バルビゾン派の大画家
カミーユ・コロー、
ロマン主義の巨匠
ウジェーヌ・ドラクロワらから多大な影響を受け、独自の絵画世界を構築していく。1867年に版画で、1868年には油彩画でサロン(官展)に入選。1870年、徴兵のために従軍するが病気のために戦線離脱。1879年、初の石版画集『夢のなかで』を刊行。翌1880年にカミーユ・ファルトと結婚。これ以降、石版画集や単独絵画作品を数多く手がける。1886年、最後の印象派展となる第八回印象派展に参加し、
ポール・ゴーガンと出会うほか、長男ジャンが生後6ヶ月で死去、大きな失望を味わう。1889年、次男アリ誕生、三年前の長男ジャンの死も手伝って、かつてない幸福に満たされる。その後、代表作『
目を閉じて(閉じられた目、瞑目)』が国家買い上げとなる(1904年)ほか、デュラン=リュエルの画廊で個展を開催するなど画家として活躍の場を広げていく。晩年期には黒の世界を完全に放棄し、柔らかな色彩による絵画を制作した。1916年、パリの自宅で死去。