Introduction of an artist(アーティスト紹介)
画家人物像
■ 

カミーユ・ピサロ Camille Pissarro
1830-1903 | フランス | 印象派




印象派の最も中心的存在であった巨匠。八回開催された印象派展の全てに参加した唯一の画家で、豊かな色彩を用い大胆に筆触を残す描写法や、温柔で闊達な表現、ギュスターヴ・クールベに倣うパレット・ナイフを用いた絵画技法などによって農村風景等を描き、印象派を代表する画家として現代でも非常に高く評価される。1885年頃よりジョルジュ・スーラやシニャックなどに代表される点描表現、所謂≪新印象主義≫の技法を取り入れるも、1890年頃には原点へと回帰している。農村風景が主であるが、質実な人物像や肖像画、風俗的主題、静物画、自画像も手がけるほか、晩年には都市景観なども描いている。またカミーユ・ピサロは温厚な性格で知られエドゥアール・マネエドガー・ドガクロード・モネルノワールアルフレッド・シスレーフレデリック・バジールギヨマンなど他の印象派の画家たちや、後期印象派を代表する画家ポール・ゴーギャンなど後世の画家らとも交友を重ねる(中でもポール・セザンヌにとっては最も良い理解者のひとりであった)。1830年、当時デンマーク領であった西インド諸島のサン・トマ(セント・トマス)島でスペイン系ユダヤ人(セファルディム)の父とその妻の間に生まれ、1842年から5年の間、一時的にパリの寄宿学校で教育を受けるも、基本的にはサン・トマ島で育つ。1852年にサン・トマ島でデンマーク出身の画家フリッツ・メリビーと出会い絵画を学び、同年から1854年まで同氏とベネズエラのカラカス島へ旅行する。1855年に再度にサン・トマ島へ帰郷し、同年末には画家を志しパリへと向かい、以後、故郷へ戻ることは無かった。パリに拠点を置いたピサロは1855年に開催されたパリ万国博覧会でバルビゾン派の大画家ジャン=バティスト・カミーユ・コローミレーの作品に強く感銘を受け、特にコローから多大な影響を受けるほか、写実主義の巨人クールベ新古典主義の巨匠アングルにも手本を得ている。1861年にアカデミー・シュイスでセザンヌやギヨーマン、翌年にシャルル・グレールの画塾でモネルノワールシスレーバジールらバティニョール派(後の印象派)と呼ばれる画家たちと知り合う。その後パリやポントワーズ、ルーヴシエンヌ、ブルターニュなど精力的に活動をおこなう最中、セーヌ川河畔の都市ルーアンやロンドンでも制作している。1903年11月13日パリで死去、享年73歳。

Description of a work (作品の解説)
Work figure (作品図)
■ 

曳船道(マルヌ河の岸辺、荷を運ぶ小道)


(Chemin de halage) 1864年
81.9×107cm | 油彩・画布 | グラスゴー美術館

印象派の巨匠カミーユ・ピサロ初期を代表する作品のひとつ『曳船道』。1860年代に制作された、現存する数少ない作品の中の1点である本作に描かれるのは、パリ近郊マルヌ河流域の曳船道(船引の道)を描いた作品で、『マルヌ河の岸辺』、又は『荷を運ぶ小道』とも呼ばれている。おそらく1864年のサロンに出品された作品か、又はそれに類似する作品と推測される本作では、ピサロが多大な影響を受け、自ら「弟子である」とも称したバルビゾン派を代表する風景画家ジャン=バティスト・カミーユ・コローの様式を如実に踏襲していることが示されている。画面中央では屈曲した小道の奥側から一人の農婦が、前景に向けて歩みを進めている。そしてその前景では、おそらく木々の間から射し込む陽光が輝きを帯びながら印象的な一筋の光の線を小道の上に映している。また画面左部分から右部分にかけての傾斜は、見る者の視線を自然にマルヌ河へと向けさせており、マルヌ河は緑々しい木々の色彩を反射しながら、静かにその流れを継続している。作品全体から醸し出される静謐ながら穏やかで健常的な風景描写も特筆に値する点のひとつであるが、画面左やや上部に配される巨木とそこに茂る葉などの擦れた描写に代表されるコロー的な抒情性を帯びる表現は、本作の中で最も注目すべき点である。また全体的に緑色系統で統一しながら、小道の赤褐色や陽光の白黄色、清々しい上空の薄青色などとの色彩の対比と調和は、本作の特に優れた点のひとつでもある。

解説の続きはこちら

【全体図】
拡大表示

■ 

ラ・ロッシュ=ギュイヨンの広場

 1867年
(Une place à La Roche-Guyon)
50×61cm | 油彩・画布 | ベルリン国立美術館

印象主義随一の画家カミーユ・ピサロ1860年代の代表作『ラ・ロッシュ=ギュイヨンの広場』。本作は1867年に画家仲間であるアントワーヌ・ギュメから誘われラ・ロッシュ=ギュイヨンに赴いたときに制作された作品で、パレットナイフを用いた平面での構成的な展開が大きな特徴のひとつである。写実主義の巨人ギュスターヴ・クールベの影響が顕著な本作のパレットナイフによる描写は、大きく荒々しいタッチによって絵具の質感を満ち溢れるほどに含み、ラ・ロッシュ=ギュイヨンの広場の冬景色の独特の雰囲気を見事に表現している。また本作の平面的な構成や色彩展開は、カミーユ・ピサロと強い親交を持っていたポール・セザンヌの影響を感じさせる。特に家々の各壁面の独自性を保つ配置や多角的な捉え方、上空の曇った空模様のゴツゴツとした表現は特筆に値する。なお印象主義の画家と所縁の深い小説家兼批評家エミール・ゾラは本作を見た際、「つまらないサロンがおこなわれる中、あなたのこのような作品に出会えたことは心から祝辞を述べたい。あなたはまだ無名です。またあなたの作品は実直過ぎで、不器用故に、大変な困難が待っているでしょう。しかし私は、あなたの生真面目で真実味に溢れた、厳格な意思を感じさせる作品を評価します。」と好意的な言葉を残している。

解説の続きはこちら

【全体図】
拡大表示

■ 

ポントワーズ近郊、エルミタージュ地区のコート・デ・パブ(牛の丘)

 1877年 (Côte des Bœufs, Pontoise)
114×87cm | 油彩・画布 | ロンドン・ナショナル・ギャラリー

印象派の大画家カミーユ・ピサロ印象派時代の傑作『ポントワーズ近郊、エルミタージュ地区のコート・デ・パブ』。本作は画家の代表作『赤い屋根、冬の効果』同様、この頃の画家がしばしば手がけた画題のひとつ、セーヌ川下流オワーズ川流域のポントワーズの裏側にあるエルミタージュ地区の≪牛の丘≫を意味するコート・デ・パブを描いたもので、おそらくピサロ自身も気に入っていたのであろう、長年手放さなかった作品でもある。本作の細かい筆触による力強い描写は、派手さはないものの強く迫るかのようであり、縦に伸びる幾本の木々は堅牢な印象を観る者に与えるが、その奥の左から右へと傾斜する丘の斜面の描写によって画面の中に絶妙な動き与え、心地よい印象すら感じさせる。また画面中央やや左下には農婦とその娘が林間から、こちら(観る者)を窺うかのように顔を覗かせており、これらは農村や自然に賞賛し画題を求めていたピサロの絵画的思想が良く表れた一例とも言えよう。画面下の轍(わだち)部分や枯草などの大胆ながら繊細さも感じさせる豊かな色彩による荒々しい描写は、画家の様式の面白さを存分に感じることができる。なお画家と親しい交友関係にあった、近代絵画の父と呼ばれるポール・セザンヌも本作と同じ場所を異なる地点から描いている。

解説の続きはこちら

【全体図】
拡大表示

■ 

赤い屋根、冬の効果(赤い屋根の家々、村の一角、冬景色)

 1877年 (Les Toits rouges, coin de village, effet d'hiver)
54.5×65.5cm | 油彩・画布 | オルセー美術館(パリ)

印象派の大画家カミーユ・ピサロの代表作『赤い屋根、冬の効果』。画家が1872年から住み、本作は80年代まで中心的画題であったセーヌ川下流オワーズ川流域のポントワーズの裏側にあるエルミタージュ地区の風景を描いた作品のうちのひとつで、原題は『赤い屋根の家々、村の一角、冬景色』とされる。カミーユ・ピサロは印象派の画家の中でも、最も戸外での制作を支持・推奨した画家の一人で、本作もエルミタージュ地区のコート・デ・パブ(牛の丘)まで赴き制作した。本作の画面中央部分に描かれる赤い屋根の家々は、エルミタージュ地区旧道の上方に位置する18世紀に建てられた農家で、背景の小高い丘の奥にはポントワーズの街が見える。≪赤い屋根≫と呼称されるゆえ、赤い屋根の家々部分に観る者はその観察を奪われがちであるが、前景に配された果樹園の木々が絶妙に観者の視界を遮り、視点が画面全体へとゆきわたるよう配慮がなされている。また大ぶりかつ大胆な筆触は、家々や木々、丘などに当たる柔らかで素朴な陽光の感覚を観る者に強く印象付ける効果を生み出している。やや小ぶりな画面ながら、細部の描写においても、また構成・色彩など全体的な完成度や観者の心象へ訴えかける高い表現力などから、本作は画家が描いたポントワーズ・エルミタージュの田園風景作品の中でも特に代表作とされている。

解説の続きはこちら

【全体図】
拡大表示

■ 

羊飼いの娘(小枝を持つ少女、座る農家の娘)

 1881年
(La Bergère (Jeune fille à la baguette, Paysanne assise))
81×64.7cm | 油彩・画布 | オルセー美術館(パリ)

印象派の画家の中でも特に中心的存在であった巨匠カミーユ・ピサロ転換期(探求期)における最も重要な作品のひとつ『羊飼いの娘』。1882年3月に開催された第7回印象派展に画家が出典した34作品の中の一枚で、『小枝を持つ少女』とも『座る農家の娘』とも呼ばれる本作は、農村に住む若い女性の日常を描いた集団像の為の習作的単身人物像作品で、ピサロが本格的に取り組んだ人物画の1点でもあるが、その完成度と探求的表現は、この時期の作品の中でも特に重要視されている。1880年代は印象派の画家グループにとって、政治・戦争などの時代背景や思想・表現の変化、己の様式からの脱却、サロン出典への対応、点描による表現…所謂≪新印象主義≫など新たな表現の登場などで危機的な状況にあり、ピサロも例外なくその影響を受けており、近郊の農村に住まう農民の生活や風俗的日常を描くことは変わり無いものの、本作での表現は、まるで大地と人物が渾然一体となってひとつに融合しているようである。それは、それまで個として別の存在感を以って表現されていた過去の作品と明らかに異なり、自然(又は大地・農村)やそこに住む人物への深い洞察と認識による画家の多様性の表れである。特に画家にとって1880年代(主に1880年代後半)は新印象主義的技法≪点描表現≫を取り入れた時代でもあり、本作にはその萌芽とも呼べる、荒々しく混在としながらも、非常に統一感や心地よさ、画題が持つ力強さを感じさせる独特の色彩描写や表現手法が示されている。また本作は19世紀後半当時の現代的な余暇を楽しむ精神を描いた印象主義の流れのひとつを、自らが置く農村地の環境に近づけ表現した作品としても捉えられ、ルノワールとの関係性やミレーとの対峙性が指摘されている。

解説の続きはこちら

【全体図】
拡大表示

■ 

帽子を被った農家の若い娘


(Jeune paysanne au chapeau) 1881年
73.4×59cm | 油彩・画布 | ワシントン・ナショナル・ギャラリー

印象派の巨匠カミーユ・ピサロ探求の時代の代表的作品のひとつ『帽子を被った農家の若い娘』。1882年に開催された第七回印象派展に出品された本作に描かれるのは、ピサロがその生涯中にたびたび描いてきた≪農民≫の姿で、表現手法に古典的造形の形成への回帰を感じさせるのが大きな特徴である。質量に富んだ短く闊達な筆触で描写される麦藁帽子を被った農家の娘は、労働による疲労(疲弊)を全く感じさせない穏やかで生命的な表情を浮かべている。ピサロは画業の初期にこそ写実主義の画家ジャン=フランソワ・ミレーのような労働に勤しむ慎ましく質素な農民の姿を風景の中に描き込んでいたものの、次第に農民の簡素ながら生命的な姿そのものに関心を示し始め、それを画題の重要なモティーフとして表現するようになる。本作はその典型的な作品の一例であり、この娘や背後の自然風景の表現は画家の作品の中でも特に優れた出来栄えを示している。また明瞭な陽光によって多彩な表情を見せる風景の色彩描写も本作の最も魅力的な点であり、その輝きを帯びながら大地に力強く生える草々や樹木、そして樹木に茂る枝葉の印象的な表現は今なお多くの人々を惹きつける。

解説の続きはこちら

【全体図】
拡大表示

■ 

井戸端の若い女と子供

 (Femme et enfant au puits)
1882年 | 81×65cm | 油彩・画布 | シカゴ美術研究所

印象派の巨匠カミーユ・ピサロ1880年代を代表する作品のひとつ『井戸端の若い女と子供』。本作はカミーユ・ピサロ家の家政婦と画家の四番目の息子リュドヴィク=ドロをモデルに描かれた作品で、おそらくオスニーへと住居を移した1882年の後半に描かれたと推測されている。画面中央の空間(小道)を挟み、左部分へ煉瓦(レンガ)の井戸とそこにもたれ掛かるピサロ家の家政婦の姿を、右部分に指を咥えるリュドヴィク=ドロの姿を配している。双方とも青衣を身に着けており、本作の明瞭で豊潤な色彩の中で青衣へ射し込む光と影が鮮やかに映えている。さらに画面の大部分を覆う緑色と黄色が織り成す美しい色彩の洪水は、観る者に対して爽やかで陽光のぬくもりを感じさせる気候、季節などの自然的要因やその印象を強く感じさせるほか、それらの色と補色関係にある赤味や橙色を帯びた煉瓦や小道の土、家政婦の被る頭巾、リュドヴィク=ドロの頭髪、遠景の家々の屋根や農婦のスカートは、本作において観る者の眼を惹きつける極めて重要なアクセントとして効果的な働きをしている。また自由闊達に動く非常に濃厚で力強い筆触は、それら奔放な色彩によって表現された各対象を画面の中で見事に融合させており、本作で画家が示した統一性と自然性に溢れた類稀な表現や構成から、やがて点描表現へと移行してゆくピサロの1880年代の転換期(探求期)の作品の中でも重要視されてるのである。

解説の続きはこちら

【全体図】
拡大表示

■ 

エラニーの冬 朝、日光の効果

1895年
(Matin, effet de soleil, hiver à Eragny)
82.3×61.5cm | 油彩・画布 | ボストン美術館

印象派の画家の中でも特に中心的存在であった巨匠カミーユ・ピサロ晩年期を代表する作品のひとつ『エラニーの冬 朝、日光の効果』。本作に描かれるのは、画家が晩年に移り住んだパリ郊外エラニー・シュル・エプトの牧場の冬の朝の風景で、このエラニー・シュル・エプトの風景は1890年代のピサロにとって最も主要な画題のひとつでもある。本作で寒々しい冬景色の中で輝くように朝陽の光を反射する雪の大胆ながら繊細な描写、薄桃色に色付く木々の枝や青色と黄色の折り重なる陰影の表現は特に秀逸の出来栄えを示しており、カミーユ・ピサロらしい単純で明確な構図の中に描き込まれた、この冬の朝の瞬間的な美の世界は、観る者に対して冬季独特の寒乾質な空気感や、その中で微かに感じる朝陽の温もりをも感じさせる。1890年代のピサロの作品は(1885年〜90年までの)新印象主義的な技法≪点描表現≫を経て回帰した印象主義的技法の昇華を感じさせる作品が多く、本作はその中でも特に優れた作品のひとつとして今なお人々に愛され続けている。

解説の続きはこちら

【全体図】
拡大表示

■ 

テアトル・フランセ広場、雨の効果


(La Place du Théâtre Français, effet de pluie) 1898年
73.6×91.4cm | 油彩・画布 | ミネアポリス美術研究所

印象派の巨匠カミーユ・ピサロ1890年代を代表する都市風景作品のひとつ『テアトル・フランセ広場、雨の効果』。本作はピサロが1897年から借り創作活動をおこなったパレ・ロワイヤル広場に面したホテル≪グラン・ドレル・デュ・ルーヴル(グランド・ホテル・デ・ルーヴル)≫の一室から眺めたパリの風景を連作的に描いた作品の中の1点である。「雨の効果」と題されるよう、本作に描かれるテアトル・フランセ広場やサン・トレノ街、そしてオペラ座通りへと続く路面は雨に打たれ、鏡のように街や行き交う人々を反射し路面に映し出している。ピサロはこの≪テアトル・フランセ広場≫の連作を手がけるにあたり「私はグラン・ドレル・デュ・ルーヴルに部屋を借りオペラ座通りとパレ・ロワイヤル広場の見事な一画を見下ろしている。この風景はすばらしい。確かにこの風景は美的とは言い難いかもしれない。しかしこうしたパリの景観を描けるということがどんなに幸せか!人々は醜いと言うが、これらパリの通りの景観は銀色に輝き、光と活気に満ちている。これらは完全な近代化された都市景観なのだ。」と言葉を残している。画家の言葉にあるよう幾多の馬車や人々が行き交う通りの喧騒とした風景は、画家の手計算された構図によってひとつの(パリの)都市風景として完成された美しさを見せている。また画面奥ではオペラ座へと続く道には二列の行列が確認でき、当時の日常的情景を本作で感じることができる。なおパリのテアトル・フランセ広場を描いた作品は本作以外に『パリ、テアトル・フランセ広場』を始め8点確認されている。

関連:エルミタージュ美術館所蔵 『パリ、テアトル・フランセ広場』

解説の続きはこちら

【全体図】
拡大表示

■ 

パリのポン・ヌフ

 (Port-Neuf, Paris) 1902年
65×81cm | 油彩・画布 | ひろしま美術館(広島)

印象派の巨匠カミーユ・ピサロ晩年を代表する作品のひとつ『パリのポン・ヌフ』。画家が1900年から使用していたポン・ヌフのアトリエで制作された本作は、田園派と呼ばれた画家としては新鮮な都会的な画題となる、パリに現存する最古の橋≪ポン・ヌフ≫を描いた作品である。1880年代の探求の時代を経て辿り着いた印象主義の画題への回帰として、かつてクロード・モネルノワールがしばしば手がけたパリの景観(風景)をピサロが描いた本作では、大ぶりで荒々しいピサロ独特の筆触によって、セーヌ川にかかるポン・ヌフとそこを行き交う人々、そしてサマリテーヌ百貨店が見える対岸が横長の画面に描き込まれている。どんより雲がかかった空模様の中、移り変わる天候が織り成す光の動きやその効果を繊細かつ大胆に表現されるポン・ヌフの風景やセーヌ川の描写は1900年代のピサロ作品の特徴を良く示している。また色彩においても、全体的にグレイッシュな色彩・色調の中に差し色的な馬車の赤褐色を置くことによって都会的な雰囲気を描き出すことに成功している。なおピサロは≪ポン・ヌフ≫を連作的に描いており、本作以外にも12点≪ポン・ヌフ≫を描いた作品が確認されている。

解説の続きはこちら

【全体図】
拡大表示

Work figure (作品図)


Salvastyle.com 自己紹介 サイトマップ リンク メール
About us Site map Links Contact us

homeInformationCollectionDataCommunication
Collectionコレクション