Introduction of an artist(アーティスト紹介)
画家人物像
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セバスティアーノ・リッチ Sebastiano Ricci
1659-1734 | イタリア | 18世紀ヴェネツィア派




17世紀末から18世紀前半まで活躍したヴェネツィア派の画家。17世紀前半のイタリア絵画の主流表現であった激しい運動性と劇的な場面展開の中に、ルネサンスの栄光への回顧的な古典的観念を取り入れ、当時のヴェネツィア絵画に新風を起こす。特に主題への新鮮な観点からの取り組みや華麗で豊潤な色彩表現はヴェネツィアのロココ絵画の先駆的存在となり、後にティエポロを始めとした多くの画家たちへ影響を与えた。国際的な名声を博し欧州各地を巡りパトロン(注文主)の意向に沿った作品を手がけていた為、現存する作品は宗教画や神話画、歴史画などが大半を占める。1659年、ヴェネツィアのベッルーノに生まれ、ヴェネツィアで修行時代を過ごした後、パルマのファルネーゼ公に見出されてボローニャ、パルマ、ピアチェンツァなどエミリア・ロマーニャ地方で画家生活を送る。1680年代半ばから当時の芸術の中心都市であったローマへと旅立ち同地でアンニーバレ・カラッチピエトロ・ダ・コルトーナルカ・ジョルダーノなどの作品に触れ大いに刺激を受ける。1697年、故郷ヴェネツィア戻り画家として確固たる地位を築き同地の絵画界に認められた存在となる。その後ミラノ、フィレンツェ、そして短期間ウィーンへと旅立ち諸外国の王族や有力貴族らの注文を精力的に熟していった。ウィーン滞在後、再度ヴェネツィアへと帰郷するがこの頃、ルネサンスヴェネツィア派の巨匠パオロ・ヴェロネーゼの影響を多大に受け様式が変化し、更なる成功を収める。1711年から甥のマルコ・リッチを伴いロンドンへと旅立ち同地で5年間制作活動をおこなう。1716年、ヴェネツィアへと戻るがその帰路の途中でパリに滞在し王立絵画・彫刻アカデミーの入会許可を得る。晩年期は故郷ヴェネツィアで制作をおこなうものの、1734年に死去。

Description of a work (作品の解説)
Work figure (作品図)
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ファエトンの墜落

 (Caduta Fetonte) 1703-1704年
377×277cm | 油彩・画布 | ベッルーノ市立美術館

18世紀ヴェネツィア派の画家セバスティアーノ・リッチの代表的な作例のひとつ『ファエトンの墜落』。本作に描かれる主題は、太陽神アポロンの息子ファエトンが父アポロンから(太陽を運ぶ)日輪の馬車を強引に借りて、天道を翔けるものの、日輪の馬車が暴走し大地の火山を次々に炎上噴火させてしまい、最後には主神ユピテルが日輪の馬車に雷を落して止めるが、同時にファエトンも炎に包まれ命を落してしまうという神話『ファエトンの墜落』である。画面右上に神々しい光を放ちながら偉大なる力によって雷を落す主神ユピテルが配されており、掲げられる右手には一筋の雷が握られている。画面中央やや下にはユピテルの放った雷によって地上へと墜落する太陽神アポロンの息子ファエトンと四頭の馬が躍動的な姿態で配されており、特に二頭の白馬の荒々しい動きや黒馬の見開かれた瞳の表情は観る者に強い感銘を与える。本作の劇的でドラマチックな場面描写や明確な陰影表現は明らかにバロック様式を踏襲しているが、本作の豊潤で華々しいな色彩描写はヴェネツィア派の表現様式を見出すことができる。また本作の非常に正確な写実的表現や難易度の高い視点による見事な画面構成にはセバスティアーノ・リッチの類稀な技巧性とその才能を存分に感じ取ることができる。

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クピドの懲罰

 (Punizione di Amore) 1706-1707年
寸法 | 油彩・画布 | パラッツォ・マルチェッリ=フィレンツェ

18世紀初頭、欧州各地まで名声を轟かせた同時代のヴェネツィア派を代表する画家セバスティアーノ・リッチ、フィレンツェ滞在時期の傑作『クピドの懲罰』。本作に描かれる主題は、ローマ神話の名高き恋の神クピド(ギリシャ神話ではエロス)が、射られた者を強制的に恋へ落す黄金の矢を若く美しい女に放った為に災いが起こり、その罰として背中に生えた翼を毟られる場面≪クピドの懲罰≫である。画面下部には恋の神クピドの黄金の矢に射られた若い娘が恍惚を思わせる官能的な表情を浮かべ、(おそらくは)侍女らの肩を借りながら力弱く座っている姿が描かれている。周囲に配される侍女たちは女の自律を感じさせない明らかにおかしい様子を心配するように世話をしており、さらにその左側には狡猾な性格で知られる森の精サテュロスがその様子を伺っている姿が描き込まれている。そして画面上には女を射ったであろう(若い男の姿の)恋の神クピドが目隠しをされ、その翼を月桂樹の冠を被った天使に毟られる姿が配されており、その様子は≪懲罰≫の名称に相応しく痛々しさを感じさせる。17世紀ナポリ派の巨匠で「早描きのルカ」の別称でも知られたルカ・ジョルダーノの影響を感じさせる高度な写実性と激しい明暗対比による人物描写や運動性に溢れた劇的な場面展開の中に、甘美的な空気や流麗とした官能性、鮮やかな色彩と端整で観る者を惹きつける人物描写、新鮮な主題へのアプローチなど画家独自の視点や表現様式が随所に見出すことのできる本作は、ルネサンス芸術の洗礼(パオロ・ヴェロネーゼの影響)を本格的に受ける以前のセバスティアーノ・リッチの典型的な作風が良く示されており、同時期を代表する作品としても名高い作品である。

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玉座の聖母子と聖人たち


(Madonna col Bambino in trono e santi) 1708年
406×208cm | 油彩・画布 | サン・ジョルジョ・マッジョーレ聖堂

18世紀ヴェネツィア派の巨匠セバスティアーノ・リッチの代表作『玉座の聖母子と聖人たち』。ヴェネツィアのサン・ジョルジョ・マッジョーレ聖堂の祭壇画として制作された本作は、幼子イエスを抱きながら玉座に座る聖母マリアを中心に、聖女カタリナや聖ローサ、聖ペテロ、聖ヒエロニムスなど諸聖人らを配した、いわゆる≪聖会話≫が主題に描かれている。画面中央左側に登場人物の中で最も上部に配される玉座の聖母マリアと幼子イエスは傍らの聖ローサの方へと意味深げに視線を傾けている。聖母子の傍らには胸に両手を当てる貞淑な聖ローサと聖女カタリナが配され、その一段下ではラテン教会四大博士である聖ヒエロニムスが書物を広げている。さらに画面左側下部では主イエスより十二使徒の長として選定されたことでも知られる初代教皇聖ペテロが、法衣を纏う聖人と語らっている姿が配されている。本作で最も注目すべき点は、18世紀に手がけられた祭壇画の中で最も明るいと称されるよう、輝かんばかりの光彩表現と多様な色彩描写にある。おそらくはルネサンスヴェネツィア派の偉大なる画家であり、当時のヴェネツィアにおいて再流行となっていたヴェロネーゼからの影響と推測される明瞭で豊潤な色彩によって、画面は多様的な輝きに満ちており中でも聖母マリアや聖ペテロが身に着ける青衣と聖ヒエロニムスの外套や画面最左側のトロンプ・ルイユ(騙し絵)的な垂れ布に用いられる赤色の色彩的対比は、色彩によって祭壇画としての聖性を見事に表現している。また画面構成に眼を向けても、自然と聖母子の方へと視線が流れるように登場人物を配するなど、各構成には極めて高度な計算と計画性を見出すことができる。

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スザンナと長老たち

 (Susanna e i vecchioni) 1713年
83.2×102.2cm | 油彩・画布 | デヴォンシャー公コレクション

18世紀ヴェネツィア派の画家セバスティアーノ・リッチを代表する宗教画作品のひとつ『スザンナと長老たち』。本作に描かれる主題は、旧約聖書中ダニエル補書遺(外典スザンナ書)に記された逸話で、幾多の画家たちが手がけてきた宗教画としても非常に一般的な主題≪スザンナと長老たち≫である。≪スザンナと長老たち≫は、裕福なヨヤキムの妻スザンナが果樹園で水浴を楽しむ姿を、ふたりの好色な長老が目撃し、我々と肉体関係を結べと妻スザンナを脅すものの、スザンナに拒絶され、その恨みから「スザンナが若い男と密通している」と誣告(虚偽の告発)し、死刑を要求するが、少年ダニエルに矛盾点を突かれスザンナの疑いを晴らすという、ダニエルの少年期の逸話として語られるが、ルネサンス以降、本主題は裸婦(ヌード)を描く目的や弁解として制作されていた。本作でも少年ダニエルの道徳的で規範的なおこないよりも、妻スザンナの豊潤で官能的な肉体美に注力している。画面中央に描かれるスザンナと長老たちは画面に安定性を齎す三角形の構図で配置されているが、個々の姿態は非常に運動性と感情性を見出すことができる。特に妻スザンナの恥じらいと恐怖を感じさせる表情や、長老たちの要求に対して明確に拒絶を示す胸と陰部を隠した姿には妻スザンナの気高き貞淑さを認めることができるが、同時に淫靡な印象を観る者へと与えている。また長老たちの形相や姿態は高ぶった自己的な感情を如実に表しているほか、三角形の頂点に位置する長老の水平に伸ばされた腕は背後の二本の円柱の垂直性と見事な呼応を示している。本作の色彩表現に注目しても、スザンナが身体を隠すために持つ朱色の布や隣で屈みながら言い寄る長老の青色と黄色の衣服、赤色の帽子など輝くようなヴェネツィア派独特の色彩表現が良く表れており、その点においても本作は同時代の秀作として広く知られている。

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無知を踏みつけ、戦いの徳に冠を授けるミネルヴァ


(Trionfo della Sapienza sull'Ignoranza) 1717-18年
113×85cm | 油彩・画布 | ルーヴル美術館(パリ)

17世紀後半から18世紀前半にかけて活躍したヴェネツィア派の巨匠セバスティアーノ・リッチのフランス滞在期の代表作『無知を踏みつけ、戦いの徳に冠を授けるミネルヴァ(「無知」に対する「英知」の勝利、知恵の女神に扮したフランスの寓意)』。ロンドンなど諸外国を巡訪し、故郷ヴェネツィアへと帰郷する際に立ち寄ったパリで制作された本作は、無知の寓意を踏みつけながら、戦いの寓意(戦いの徳)へ黄金の冠を授けるローマ神話の女神ミネルヴァ(ギリシア神話のアテネと同一視される)を描いた作品で、同国の王立絵画・彫刻アカデミーの入会作としても知られている。画面中央よりやや左側へ配される黄色の衣服と勇ましい甲冑を身に着けた女神ミネルヴァは朱色の外衣を肩に掛けながら、戦いの寓意(戦いの徳)へと黄金の冠を授けると同時に勝利のメダル(記章)を与えようとしている。その表情は全ての者を圧倒するかのような堂々とした気品に満ち溢れており、観る者の視線を惹きつける。左手に細槍を持った戦いの寓意は恍惚(又は崇拝)の表情を浮かべながら女神ミネルヴァへと視線を向けている。さらに女神ミネルヴァの右足の下には褐色の裸体男性像で表現される無知の寓意が這い蹲りながら(無駄であろう)抵抗を試みている。そして数多くの有翼の天使らが配される画面上部には雲に乗る時の翁(サトゥルヌス)が配されている。本作の瑞々しく豊潤な色彩表現やダイナミズムに溢れた劇的な人物描写はセバスティアーノ・リッチ作品の特徴をよく示しており、この頃の画家の典型的な作例としても本作は重要視されている。なお女神ミネルヴァ又は戦いの徳を知恵の女神に扮したフランスの寓意像とする解釈も唱えられている。

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牢獄から救出される聖ペテロ


(San pietro liberato dal carcere) 1722年
寸法 | 油彩・画布 | サン・スタエ美術館(ヴェネツィア)

18世紀初頭に活躍したヴェネツィア派の画家セバスティアーノ・リッチの代表作『牢獄から救出される聖ペテロ』。ヴェネツィアのサン・スエタ聖堂の12点から構成される壁面装飾画のひとつ(※この連作制作はリッチ以外にもピアツェッタやティエポロなど同時代を代表する画家が参加している)として制作された本作に描かれるのは、キリスト十二弟子の筆頭であり、イエスより教会の中心たる「岩」を意味するアラム語「ケファ(Kephas。ギリシャ語ではPetros)」と名付けられた初代ローマ教皇の聖ペテロが師イエスの磔刑後、布教活動をおこなう中でヘロデ王の迫害に遭いエルサレムで入牢させられるものの、夜中に現れた天使によって牢獄から救出されたという逸話≪牢獄から救出される聖ペテロ≫である。画面右側やや下に配される重厚な鉄鎖に繋がれた聖ペテロは、突如、出現した天使を見て驚きの表情を浮かべている。その対角線的な位置となる画面左側やや上には、聖ペテロの右腕を掴み牢獄から連れ出そうとする天使が神々しい光を背に受けながら中空を舞っている。多少明度の高さを感じさせる色調による調和的な色彩を用いて制作された本作で最も注目すべき点は人物の姿態による対角の強調と身体の連動性にある。聖ペテロと天使は互いに向き合うような視点で描かれるものの、両者の胴体と脚は、ほぼ平行に画面左下へと伸ばされており、また両者の両手はそれらと垂直で交わるかのように画面右下から左上へと向いている。さらに両者の間に描き込まれる白煙は画面右上へと立ち込めている。これら登場人物の姿態による連動的な画面構成の見事さはセバスティアーノ・リッチの作品の中でも特に優れており、今でも学ぶべき点は多い。

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偶像を崇拝するソロモン

 (Salomone adora gli idoli) 1724年
128×151cm | 油彩・画布 | サバウダ美術館(トリノ)

18世紀ヴェネツィアの偉大なる巨匠セバスティアーノ・リッチ後期を代表する作品のひとつ『偶像を崇拝するソロモン』。本作はトリノのサヴォイア家ヴィットーリオ・アメデオ王の依頼により、トリノ王宮内にある王妃の部屋の装飾画として制作された作品で、主題には旧約聖書列王記上11章より、父ダヴィデ、母バト・シェバの血を受け継ぐ古代イスラエル第3代王であり、知恵者としても名高い≪ソロモン≫が晩年に700人の妻と300人の側女がもたらした異教の神(偶像)を崇拝してしまう場面が主題に選定されている。画面中央やや左側に配される老王ソロモンは豪奢な王衣に身を包み銀の香炉を振りながら若い妻が指し示す異教の神像へと視線を向けている。その妄信的な老ソロモンの眼差しにはイスラエルの王の中で最も英知に富んだ賢明な知恵者としての面影を感じることはできない。そしてソロモンの背後には美しく肉感豊かな若き妻が柔らかな表情を浮かべながら右手で偶像を指し示している。また本場面には彼女以外にも優艶な美貌をもった4人の妻や2名の従者が描き込まれているほか、偶像の下部には宝物が大雑把に置かれている。本作の輝きを帯びた華麗で繊細な色彩描写や登場人物の流れるような運動性なども秀逸の出来栄えを示しているが、本作で最も注目すべき点は場面全体の構図形成にある。前景として宮殿内での老ソロモンの背信の場面を陰影深く描き込み(それは画面上部の炎炉によって効果的に強調されている)、その対比として画面右側のアーチ外には曠然とした宮殿の外観と共に、軽く茜色に染まる美しい白雲と青空が配されており、観る者に前景での涜神的な閉塞への解放感を与えることに成功している。

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