Introduction of an artist(アーティスト紹介)
画家人物像
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アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック
Henri de Toulouse-Lautrec
1864-1901 | フランス | 世紀末芸術





19世紀末のフランスを代表する画家。迅速かつ的確に対象の形態を捉える才能や、人物の内面や社会的内情を見出す観察力に秀で、それを活かして世紀末独特の厭世的・退廃的空気に覆われたモンマルトルなどパリの歓楽街で生活する人々を、独特な現代的感覚によって表現。サーカスやムーラン・ルージュなどのダンスホール、カフェ、ダンサーなどの芸人、娼婦らを描いた風俗画作品が有名であるが、肖像画や裸婦作品でも画家の優れた個性が如何なく発揮されている。また多色刷り石版画制作の技術の進歩により、大量生産が可能となったポスターの原画を数多く手がけ、このような大衆的・実用性の高い作品の芸術性の発展・社会的地位の向上に多大な貢献をした。当時、最も新しい絵画様式であった印象派の画家、特にエドガー・ドガの斬新な構図、都会的な光の表現、明確な線描に大きな影響を受けながら自身の様式を確立するほか、『ムーラン・ルージュのラ・グーリュ』や『ディヴァン・ジャポネ』、『ジャルダン・ド・パリのジャンヌ・アヴリル』など画家が手がけた石版多色刷りポスターには、日本の浮世絵からの影響を強く感じさせる。1864年、フランス南西の都市アルビで伯爵家の子供として生を受ける(父、母共にフランスでも有数の貴族であった)。幼少期から学習帳などにスケッチや風刺漫画を描くものの、1878年に左足大腿骨を、翌1879年には右足大腿骨を骨折し、この大怪我が原因で足の成長が止まる。この間、復調するまで療養の暇を紛らわす為に精力的に素描や油彩画を制作する。1881年、画家になることを決意。また同年、パリで大学入学資格試験を受験するが失敗、4ヵ月後再びトゥールーズで大学入学資格試験を受験し、合格する。1882年、モンマルトルのアカデミー画家レオン・ボナのアトリエに入門するも、同氏のエコール・デ・ボザール(国立美術学校)の教授就任によりアトリエが閉鎖、同地のサロン画家フェルナン・コルモンのアトリエに移る。1884年、コルモンのアトリエで若きエミール・ベルナールと出会う。1885年、モデルとして出会ったシュザンヌ・ヴァラドンと一時的に愛人関係となる(※モーリス・ユトリロの母としても知られているシュザンヌ・ヴァラドンはルノワールとも関係を持っており、同氏の代表作『都会のダンス』などのモデルも務めた)ほか、友人らとモンマルトルのナイトクラブやダンスホールに足繁く通うようになる。1886年、同アトリエへ入ってきたフィンセント・ファン・ゴッホと知り合い親交を結ぶが、画家自身は翌1887年にコルモンのアトリエを去る。その後、「二十人会展」や「アンデパンダン展」、「印象派と象徴派の画家たち展」などに作品を出品するほか、1891年に初の石版画『ムーラン・ルージュのラ・グーリュ』を印刷。以後、夜の世界を謳歌する人々や、そこで働く女達を描いた作品を中心に絵画・素描・ポスターを制作するが、1899年、重度の依存症となっていたアルコール中毒の発作を起こして強制的に3ヵ月間入院。退院後も飲酒を止められず1901年には片足が麻痺、さらに同年脳出血を起こしてマルロメで死去。なお画家の作品に表れる夜の世界を生きる芸人や娼婦らへの共感や愛情は、画家自身が身体的障害によって差別を受けていたことや、劣等感を持っていたことが大きな要因となっている(※ただしロートレック自身は周囲から「小さな怪物」「偉大なる芸術家」などと呼ばれていた)。

Description of a work (作品の解説)
Work figure (作品図)
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ムーラン・ルージュにて

 (Au Moulin Rouge) 1892年
123×140cm | 油彩・画布 | シカゴ美術研究所

19世紀末のフランスで活躍した画家アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレックの最高傑作のひとつ『ムーラン・ルージュにて』。本作に描かれるのは、1889年の開店以来、豪華かつ個性的な内装や人気ダンサーの採用などで、モンマルトル随一のダンスホール(ナイトクラブ)となっていた≪ムーラン・ルージュ(赤い風車の意)≫の情景である。制作途中で画布が継ぎ足され、構図が変更されたことが知られている本作の中で最も目を惹きつけるのは、間違いなく画面右端に描かれる黒い衣服に身を包んだ女性の姿である(諸説唱えられているが一部の研究者からはジャンヌ・アヴリルとも指摘されている)。印象派の大画家エドガー・ドガの影響を窺わせる、大胆に切り落とされた(あたかも写真的な)女性の頭部の展開は、下から頭部へと向けられる人工的な緑色の光と影の不気味な様子も手伝って観る者に鮮烈な印象を与える。また画面全体を支配する享楽と退廃が混在する世紀末独特の(夜の世界の)雰囲気の表現はロートレックの作品に共通するものであり、その中でも本作は特に優れた出来栄えを示している。画面中央でテーブルを囲み酒を飲みながら談笑する男女らは、モーリス・ギベール、批評家デュジャルダン、ダンサーのラ・マカロナ、写真家セスコーなど画家の他の作品にも登場する人物であるほか、画面右上には髪を整える当時の人気ダンサー「ルイズ・ヴェーベル(彼女はラ・グーリュ=大食い、大食家と呼ばれたダンサーとしても有名な人物)」とその友人(ルイズの同姓の愛人)が、画面奥には画家の友人であり従弟でもあるガブリエル・タピエ・ド・セレーラン(背の高い男)とロートレック自身の姿(一際背の低い男)が描き込まれている。

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【全体図】
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Work figure (作品図)


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