Description of a work (作品の解説)
2009/10/07掲載
Work figure (作品図)
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キオス島の虐殺


(Scènes des massacres de Scio) 1823-24年
417×354cm | 油彩・画布 | ルーヴル美術館(パリ)

18世紀フランスにおいて隆盛したロマン主義随一の巨匠ウジェーヌ・ドラクロワ初期の問題作『キオス島の虐殺(死あるいは隷属を待ち受けるギリシア人の家族)』。本作は1820年にオスマン帝国(オスマン・トルコ)の圧政支配に抗う形で会戦した≪ギリシア独立戦争≫時の実話で、1822年4月に起こったオスマン・トルコ軍によるキオス島住人に対する虐殺的行為を描いた非常に社会性の強い作品である。画面前景にはオスマン軍の残虐行為により生きる活力や希望を失うキオス島の住人が混沌とした雰囲気で描き込まれおり、力無く倒れる若い男女や虚空を見つめる老婆、死した母親に縋りつく幼児、そして裸体のまま馬に乗ったオスマンの兵士に連れ去られる若い娘など、その光景は陰惨そのものである。このあまりの写実性や主題の扱いに当時、ドラクロワを高く評価していたアントワーヌ=ジャン・グロですら「これは絵画の虐殺だ」と叫んだほど賛否両論を巻き起こした。この≪ギリシア独立戦争≫にはロマン主義を代表する英国出身の詩人ジョージ・ゴードン・バイロンも義勇兵として参戦しており、このバイロンの行為も本作の制作において大きな触発材料となった。また表現手法に注目しても鮮烈で輝くような遠景、特に空の色彩は同時期、ドラクロワが強い興味を示していたジョン・コンスタブルの代表作『干し草車(風景−昼)』からの明確な影響を見出すことができるほか、フランス古典主義の巨匠ニコラ・プッサン作『アシドドのペスト(ペストに襲われるペリシテ人)』などからの影響も指摘されている。なお本作は1824年のサロンへ出品され入選すると共に、国家買い上げとなった。


【全体図】
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力無く倒れる若い男女の憔悴した姿。画面前景にはオスマン軍の残虐行為により生きる活力や希望を失うキオス島の住人が混沌とした雰囲気で描き込まれおり、力無く倒れる若い男女や虚空を見つめる老婆、死した母親に縋りつく幼児、そして裸体のまま馬に乗ったオスマンの兵士に連れ去られる若い娘など、その光景は陰惨そのものである。



【倒れる若い男女の憔悴した姿】
裸体の女性を連れ去るオスマン軍の兵士。本作は1820年にオスマン帝国(オスマン・トルコ)の圧政支配に抗う形で会戦した≪ギリシア独立戦争≫時の実話で、1822年4月に起こったオスマン・トルコ軍によるキオス島住人に対する虐殺的行為を描いた非常に社会性の強い作品である。



【女性を連れ去るオスマン軍の兵士】
鮮烈な印象を与える空の色彩。鮮烈で輝くような遠景、特に空の色彩は同時期、ドラクロワが強い興味を示していたジョン・コンスタブルの代表作『干し草車(風景−昼)』からの明確な影響を見出すことができるほか、フランス古典主義の巨匠ニコラ・プッサン作『アシドドのペスト(ペストに襲われるペリシテ人)』などからの影響も指摘されている。



【鮮烈な印象を与える空の色彩】

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