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Introduction of an artist(アーティスト紹介)

ハンス・メムリンク Hans Memling
1430/40-1494 | ネーデルランド | 初期ネーデルランド絵画

15世紀後半の初期ネーデルランド絵画期にブリュッヘ(現ブリュッセル)地方で活躍した画家。初期ネーデルランド絵画伝統である細密な線描を用いた写実性の高い描写に、温和な甘美性や独特の華奢な人物構造を携える表現でブリュッヘを代表する画家となる。マインツ近郊に出生し、ケルンで修行したのち1460年頃、当時ネーデルランドで最も名を馳せていた画家のひとりロヒール・ヴァン・デル・ウェイデンの工房に入ったと考えられている。その後、師ウェイデンやおそらく兄弟子となるヒューホ・ヴァン・デル・フースの影響を強く受け、数々の依頼を手がけながら画家独自の様式を形成。代表作『聖ウルスラ伝の聖遺物箱』などに示される初期ネーデルランド絵画伝統画法と優美で色彩豊かな表現が組み合わされたメムリンクの作品は当時の人々のみならず、19世紀ロマン主義者やヴィクトリア朝の画家たちをも魅了した。なおロベルト・カンピンヤン・ファン・エイクから続く、初期ネーデルランド絵画伝統の細密描写を用いた写実性の独特な緊張感が弛緩された温和なメムリンクの画風は、(ドイツ生まれの)アメリカの美術史家パノフスキー(1892-1963)など一部の研究者からは「偉大なる二流の画家」とも評価されている。


Work figure (作品図)
Description of a work (作品の解説)
【全体図】
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最後の審判 (Altarpiece of the Last Judgment)
1473年以前 | 各部による | 油彩・板 | ポモルスキ美術館

15世紀後半に活躍した初期ネーデルランド絵画の画家ハンス・メムリンクの代表作のひとつ『最後の審判』。当時、画家が活躍したブリュッヘにおけるメディチ家の代理人であったヤコポ・ターニの依頼により手がけられた三連祭壇画で現在はグダニスクのポモルスキ美術館が所蔵する本作は、中央部分に再度復活を遂げ再臨した後、全ての死者を復活させ人類を裁く教義≪最後の審判≫を、左部分に断罪者イエスによって選び救われた人々が導かれる永遠が約束された地であり、アブラハムの懐や天上のエルサレムとしても表現された≪天国≫を、右部分に罪深き者が業火によって永遠にその身を焦がされる断罪の地≪地獄≫が描かれている。13世紀以降の≪最後の審判≫を踏襲した伝統的な図像や構図が用いられている本作であるが、登場人物の表現にメムリンク独特の温和な甘美性や独特の華奢な人物構造が示されるほか、初期ネーデルランド絵画伝統である高度な細密描写が画面の至るところに見られるなど画家として成熟された表現が感じられる。また閉扉時にはグリザイユで左に聖母子、右に大天使聖ミカエルが、その下には寄進者ヤコポ・ターニとその妻が描かれている。なお本作は完成後、フィレンツェに運ばれる途中、船舶が拿捕されグダニスクの聖母子堂≪聖ゲオルギウス会≫に寄贈された経緯を持つ。

関連:閉扉時『聖母子と寄進者及び聖ミカエルと寄進者の妻』

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聖カタリナの神秘の結婚の祭壇画 1474-79年頃
(Altarpiece of the Mystical Marriage of St.Catherine)
172×330cm | 油彩・板 | 聖ヨハネ病院(ブルッヘ)

初期ネーデルランド絵画の画家ハンス・メムリンクの代表的な作品のひとつ『聖カタリナの神秘の結婚の祭壇画』。本作には、中央に≪玉座の聖母子≫と4世紀の聖女でイエスと婚姻体験を持つ逸話で有名な≪聖カタリナの神秘の結婚≫や諸聖人が、左翼部分にはヘロデ王の娘サロメが舞踏の見返りとして洗礼者聖ヨハネの首を求めた為に洗礼者聖ヨハネが斬首された場面≪洗礼者聖ヨハネの斬首≫が、左翼部分には福音書記者聖ヨハネが流刑で辿り着いたパトモス島で黙示禄を記したとされる伝説の場面≪パトモス島の福音書記者聖ヨハネ≫が描かれているほか、閉扉時は左扉に聖ヒエロニムスとパドヴァの聖アントニウス、2人の寄進者アントニオ・セーヘルスとヤコプ・デ・ケウニンクが、右扉に聖アグネスと聖クララ、2人の女性寄進者アグネス・カセンブロードとクララ・ヴァン・フルセン(聖ヨハネ病院の看護人と婦長)が描かれている。

関連:閉扉時『諸聖人と寄進者夫婦』

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バテシバの水浴 (Bathsheba Bathing) 1485年頃
196×86cm | 油彩・板 | シュトゥットガルト国立美術館

15世紀後半に活躍した初期ネーデルランド絵画の画家ハンス・メムリンクの傑作『バテシバの水浴』。おそらくは1485年頃に祭壇画の右翼部分として制作されたと推測される本作に描かれるのは、旧約聖書でエルサレムを首都としたユダヤの王ダヴィデがヘト人ウリヤの妻バテシバ(本来はバト・シェバ)の水浴姿を目撃し、あまりの美しさに自分の妻になるよう、バテシバの夫ウリヤを戦場の任務に就かせ戦死させた後バテシバを娶るも、父なる神に背いたことで愛息アブサロムを始めとした息子たちに死という不幸が訪れ、己のおこないに悔いたダヴィデはバテシバとの間に生まれた末子ソロモンに王の座を譲った逸話≪バテシバの水浴≫であり、流麗でエロティックな印象を如実に感じさせる女性の裸体表現は、初期ネーデルランド絵画において特異な存在感を示している。メムリンクの特徴である弛緩された温和な甘美性や独特の華奢な人物構造によって表現されるバテシバの裸体は、それまでの初期ネーデルランド絵画には殆ど見られない独特の妖艶さと官能性に富んでおり、その魅力は現在においても人々を惹きつけてやまない。なおメムリンクが同時期に描いたとされるダヴィデ王頭部の断片が現シカゴ美術研究所に所蔵され、本作が祭壇画の右翼部分とする根拠となっている。

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聖ウルスラ伝の聖遺物箱 1489年以前
(The Shrine of St.Ursula)
34×36×16cm | 油彩・板 | 聖ヨハネ病院(ブルッヘ)

初期ネーデルランド絵画の画家ハンス・メムリンクの最高傑作のひとつ『聖ウルスラ伝の聖遺物箱』。碑文も署名は残されていないものの、伝統的に聖ヨハネ病院のために制作された聖遺物箱の装飾としてメムリンクが手がけたとされる本作に描かれるのは5世紀の英国王の娘で、ローマ巡礼からの帰途の際にケルンのフン族の襲撃に遭い、巡礼に同行した1万1000人の処女と共に殉教した聖女≪聖ウルスラ≫の伝説である。伝統的なゴシック様式の聖堂を模した聖遺物箱の前後側面には『聖母子と女性寄進者ヨコザ・ヴァン・ドゥゼーレとアンナ・ヴァン・デン・モールテレ』『聖女ウルスラと聖女たち』が、左右側面には≪聖ウルスラ伝≫から『ケルン上陸』『バーゼル上陸』『ローマ教皇キリアクスとの対面』『バーゼルからの帰途』『ケルンでのフン族の襲撃』『聖ウルスラの殉教』が順に描かれるほか、蓋となっている天井部分のメダイヨン(円形の装飾モティーフ)部分には中央に聖母の戴冠や聖ウルスラの戴冠を、左右には奏楽の天使が描かれている。本作に示されるメムリンク独特の初期ネーデルランド絵画伝統画法と優美で色彩豊かな様式は写実的緊張感に欠くものの、温和な弛緩される独自表現によって聖遺物箱の総合的な美的評価は現在も非常に高い。なお聖遺物箱が1489年10月21日に使用された記録も残されている。

関連:『聖ウルスラ伝の聖遺物箱』表面
関連:『聖ウルスラ伝の聖遺物箱』裏面
関連:『ケルン上陸』/『バーゼル上陸』/『ローマ教皇との対面』
関連:『バーゼル帰途』/『ケルン襲撃』/『聖ウルスラの殉教』
関連:前後側面『聖母子と寄進者』『聖ウルスラと聖女たち』

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